「顔を売る」ことで生きてこれたという話

接客力

起業して以来の最大の連休をこの夏とりました。

いやぁ~正直長かった…。

明日がいよいよ連休最終日。

ま、以前にサザエさん症候群という話を記事にしましたけど、正直、今の自分にとってサザエさん症候群はほぼ皆無。

仕事、早く始まってほしい…。子供の世話…、過酷!とっても過酷!

普段の妻の頑張りに感謝する連休になったんで、それはそれで良かったのかもしれませんが。

さて、この9連休中、毎年のことながら妻の実家の送り盆に行ってきたのですが、毎年のことながら妻のお父さんと酒を飲んで色々話を聞いてきたわけです。

で、妻のお父さんというのが、中卒なんですね。

自身は中卒で子供三人を育て、今は孫が7人いるわけですが…、いや、ホントに田舎のお父さんを絵に描いたような方で。

私は実の父がいませんので、義父から色々教わることが多いんですが、キジを猟銃で仕留めるにはどうやるかとか、で、それをはく製にするときにどういう店に持って行くかとか、サトイモはどうやって作るとうまく行くかとか、ダリアを種から育てるときのコツとか、かなりコアな話が聞けるんで楽しいんですよね。(私の妻を含め、実の子供たちは全く興味がないようで義父の話を全く聞いてないようです…。お酒も私以外、一緒に飲みませんし…。)

そんな義父から教わったことで、自分が結構普段の生活でも大事にしてるのが、「くれるというモノは遠慮しないでとりあえず全部もらえ。たとえ要らないモノでも全部もらえ。で、本当に要らないんだったら帰り道で川に捨てちまえばいい。あげる人だってもらってもらった方が気持ちいい。それに遠慮して断ったら、次はない。とにかくもらえ。」と。

それ以来私は「あげる」と言われたモノについては、全部もらうようにしています。全部もらおうと思ってるんで、陶器好きの義母のコレクションをヨダレ垂らしながら「コレいいなぁ…」とつぶやいては、徐々に妻の実家の食器棚から私の家の食器棚に萩焼とか益子焼とか備前焼が移り住んできているわけですが…。

本題に移りましょう。

今回のお盆は義父の人生論に少し触れることができたんですね。

前述のとおり、義父は中卒ですので15歳には社会に出たわけです。もちろん、時代が違いますので今と比較できないですけど、それでもそれなりに大変なことは合ったと思うんです。(それでも、この人はあんまり大変だったことをウダウダ言わないので、自分も尊敬する部分が多いのですが。自分が塾講師をしていながら学歴とかあんまり考えないのは、この人の影響も大きいかもしれません。)

義父は15歳で社会に出て、とにかく自分の顔を売ったと。色んな地域の会合にとにかく参加して、何でもかんでも「教えてください。」とお願いして、怒られて、でもやっぱり一生懸命だったから先輩たちに可愛がってもらえて、学歴もないし、勉強もできない自分を育ててくれたと。

皆が顔を覚えてくれていたから、大変なことがあれば誰かが助けてくれたし、車もどこで買えばいいかとか、猟をするにもどうしたらいいかとか、インターネットがない時代でもみんな先輩とか、地域の人が教えてくれたと。

今の人はかわいそうだ。その辺に住んでいても、どこの誰かも分からないから誰も声をかけてくれない。30歳、40歳でも家に引きこもっているヤツもいるらしい。でも、誰も仕事を紹介してくれたり、どこかに誘ってくれたりしない。昔は顔を売っていたから、若い奴らもどこどこの誰の子供か一発で分かった。で、それが信頼の証だったから、何でも頼ることができたし、何をやるにも協力してくれた。

顔を売る必要もなくなったのかもしれない。地域の活動もずいぶん減った。でも、それじゃこんな田舎に住んでるのも、都会に住んでるのも変わらないんじゃないか。

なるほどなぁ~、と聞きながら思いましたね。実際、自分も妻の実家よりは全然人口も多い団地に住んでいましたので、義父の話がバシッと納得できるような思いで聞いていたわけではないんですけど。私の幼少期とか、自身の親はそういう人生をきっと歩んできていないので…。

ただ、私はこの話って実は今も同じなんではないか?ということで、凄く興味深く聞いていたんです。で、義父がトイレに立つときとか、外にタバコを吸いに行くときとか、ちょちょっとスマホでメモしたりして…。で、それが、この記事につながっているわけです。

「顔を売る」ことは今でも大事

今の時代だって「顔を売る」ってことが大事なのは間違いないですよね?

とくに我々個人塾経営者。

塾=塾長、みたいな部分で生きてるじゃないですか。

「塾長が面白いから、その塾に入る。」「塾長が誠実そうだから、その塾に入る。」

そういうことが集客に結びついている人、多いんじゃないですか?

もちろん、時代は変わりました。

義父のように一軒一軒地域を回って、自己紹介するような時代じゃないのかもしれません。

でも、根本はそんなに変わらない。

今はパソコンがあって、スマホがある。

それらを使うけど、結局、やることは一緒。

「顔を売る」そして「信頼」を得る。それによって生きていく。

売れている塾がブログを一生懸命更新して、塾長のキャラを前面に出しているのはそういうことなのかもしれません。

結局、義父が15歳からやってきた自分の「顔を売る」というのが、できているかできていないか。

地域の信頼を個人として得ているか、得ていないか。

あの人が困ったときは、手を貸してあげよう、という人がどれだけいるか。

もっと具体的に言うと、「〇〇塾長のために、塾の宣伝をしてあげようかな。」って思ってくれる人がどれだけいるか。

「顔を売る」ためのツールは違うし、売れる速度、売れる範囲も飛躍的に変わったけど、根本は同じ。

じゃ、顔を売れる人、売れない人の違いって何か?

これも結局、義父の時代と同じなんじゃないかって。

一歩を踏み出せるかどうか。

15歳の義父は何も分からず、先輩たちが集まる会合に緊張しながら参加した、いろんな行事に参加した。

昔はみんなそうだった?

どうやら違うらしいんです。やっぱり、そういうのに参加しない人もいたらしい。(だからと言って、その家が現在没落しているか繁栄しているかは分からないですが…。)

今の時代だってそう。ツールは凄い。ネット上ならいつでもどこでも、その一歩が踏み出せる。わざわざ他人の家の玄関を開けなくたって、「顔を売る」ことはできる時代。

でも、やっぱり顔を売れる人、売れない人の違いがある。今の時代だって、結局一歩を踏み出せない人はやっぱりいる。

で、それが個人塾経営だと致命的な差になって出てきてしまう。

私も以前はホームページに顔出ししてませんでしたし、チラシにも自分の写真を載せてませんでした。

だから分かります。一歩を踏み出せない気持ち。

恥ずかしい、怖い。プライベートまで仕事が浸食しちゃったら嫌だ。

結局それは、義父の時代に会合に参加できなかった人たち、他人の家の玄関を開けられなかった人たちの気持ちと大して変わりはないんだろう、と。

今の私は塾のホームページでは顔出しもしちゃってますし、チラシにも当然のように写真を載せてます。

近所で私を見かけた保護者たちは、気軽に声をかけてくれるようにもなってます。

卒業生のお母様が「先生、私、いつも先生の塾をおススメしてるんですよ!」なんて言ってくれることもあります。

「顔を売る」ってことが少しずつでき始めてから、間違いなく生徒は増えて来ています。

ま、自分自身で考えたってそうですから。

どこの誰かも分からない人に協力しよう、とか、助けてあげよう、なんて絶対に思いませんから。

顔が分かって、で、その人の性格が分かって、「あ、この人、一生懸命だな。」って分かって、やっぱりそういう人なら助けてあげたいって思うもんだと。

ということで皆さん、義父の話はしっかり聞きましょう!人生の先輩の話は、無駄話はないです。

義父になりそうな人たち、すでに義父の人たちは、話を聞かない義理の息子、義理の娘はパンチです!そういう輩はありがたみを分かってない!

だって、義父、義母の話を聞ければ今回のような変則ブログ記事を書けるかも分からんですよ?その重要性が分かってないようなヤツと自身の大事な娘さん、息子さんを結婚させるなんて!

Mr.MMr.M

私は信じられません!

ということで。

お盆休み最後の記事をこの辺りで締めましょう!

残り一日、私はゆっくり休むことにします。

妻の誕生日をオフ会ですっぽかした私は、連休最終日、ケーキを子供たちと作ることで恩赦を得ないといけないわけで…。

(ちなみに昨日は義母の要請にて、子供たちを連れて川上大輔なる青年のイベントを坂戸市の若葉ウォークなるショッピングモールへ見に行きました。灼熱の炎天下の中、おばちゃん達に笑顔を振りまく川上さんを見て「顔を売る」ことの難しさを感じた次第です…。自分としては以前に見に行った「さくまひでき」さんの方が面白かったなぁ~と。)


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