先日の記事でちょろっと書きました。

ここ最近、ブログの記事更新が滞っている理由を。

ま、私を除いた家族全員がぶっ倒れたわけです。

妻は中耳炎。

子どもたちは腸炎。

最初の2日間は私はたまたま2連休。見事にほぼ24時間×2日潰れました…。

次の2日間。妻の母の力を借り、さらに仕事を早退し(スタッフに迷惑をかけ)何とか切り抜けました。

そして、妻が倒れてから5日目、何とか家族の容態のピークを超え通常Mr.Mに戻りつつあるという…。

専業主婦(主夫)がいなくなったとき、初めてその価値と過酷さを知るだろう…

ショック

ま、私もイクメンとか呼ばれるのには嫌気が差すくらい普通に家事や育児をやっていると思っていました。

普通に朝は6時台、7時台に起きてゴミ捨て、洗濯、洗い物、子どものおむつ替えやら、幼稚園の支度なんかも手伝っていましたから。

でもね、家事・育児のスーパーエースである妻の働きがほぼゼロになったとき、その認識の甘さをまざまざと見せつけられることになるのです。

今まで私がやって来たことって終わりがある家事ばっかりだったんですよね。

ゴミ捨てだって、洗濯だって、洗い物だって早くやろうと思えば早く終わらせられる。

育児に関しては完全にサポート程度。妻がほぼ9割以上主導していて、「大変そうだなぁ~」って部分をサポートしていたにすぎない。

だからこそ私は朝早く起きて自分が速攻で色々家事とか育児のサポートをしちゃえば、後は自分の仕事の時間とかブログを書く時間とかに回せるって思ってたんです。要はね、家事とか育児に関しても自分の与えられた仕事ってのが10あるとしたら、その10を片付けてしまえば後は自分の勝手でしょ?的な考え方。これって仕事に対する考え方と同じですよね?

でもね、家事・育児って(とくに育児が…)そんなの通用しない世界なんだって痛感したのであります…。育児に関しては10の仕事、なんてのは有り得ない話なんですよね。10終わらせてる途中に11になってたり、残りあと3ってところでいきなり7とか9とかに増えやがるんですよね…。

やらなければ即、家族生活が崩壊する!

自分の学習塾の講師としての仕事、もしくは経営者としての仕事って変な話、直近でやらないと即経営が成り立たなくなるものとか、生徒が辞めちゃうものって限りなく少ないんです。どんな仕事にせよ、今やらなくてもどうにかなっちゃうものが結構ある。

だからこそ、私みたいにせっかちで時間を区切ってセコセコやる人間って、この業界の中では結構特殊で、その部分で周りの塾よりリードしている部分が今まで生き残ってる理由かもしれないんですけど…。

でもね、家事、とくに育児って私がやってる仕事と比にならないくらい、全てのことがすぐ先に崩壊の可能性を内在してるんです。

朝起きます。オムツを変えないと子供の股がかぶれます。飯を食わせないと子どもが泣きます。幼稚園に欠席連絡をしないとバスが来ちゃいます。でも、幼稚園に電話がつながりません!で、腸炎の長女がが連続3つオムツを使うレベルで細菌兵器を発射します。即変えないと二次感染が目の前に迫ります。その間、次女が牛乳をこぼします。すぐ拭かないと次女は床の牛乳をおいしそうにすすります。

即対応しないと、次の瞬間リスクにつながるような出来事が2つ、3つ同時に起こることなんてザラなんですよね。

たとえばですよ、これを家事って言って良いかは分かりませんが、子どもが階段に登らないように設置しるベビーフェンスって言うんですか。西〇屋とかで売ってるヤツ。それをね、いちいち閉めることを家事とは思ってない人も多いと思うんですよ、世の中のお父さん方は。私もそうでしたから。でもね、いつも偉そうに二階に洗濯物を干しに行くんですよ、私。ベビーフェンスが開いてるかどうかなんて気にせずに。どうせ、嫁さんが子供を見てるんだからって。

でも、コレ、このベビーフェンスを閉めるってひと手間、それを怠る奴が偉そうに洗濯物干してるなんて言えないんだって。だって自分が洗濯物干してる間に子供が階段から落ちたら、どうすんの?って話。家事・育児どころかとんでもない事態になる可能性ふりまいてるだけじゃんかって話。

洗い物をします。平気で包丁が子供の手に届くところに置いてるわけですよ。えっ?届くわけないって?届くんですよ、踏み台使えば。流しの手前側に置いてある包丁だったら届いちゃうわけ。で、踏み台なんて台所に置いてある。子供が手を洗えるように。皿洗って包丁洗って、でピンポンなって宅配を受け取りに行きますよね。ハイ、この時点でリスクあり。今までの自分がやって来た洗い物なんてこの程度の認識ですよ。宅配便+踏み台+包丁どすん、その程度の予測もできない洗い物だったわけです。

家事・育児を本気でやっているってことは、家族生活が崩壊してしまうような重大な事態が次の瞬間に起こるかもしれないってものを次々にこなしていくってこと。自分が今までやって来たことはノーリスクの家事・育児ばっかりだったんだな~、と。

育児と家事は同列ではない!育児は家事の5倍は大変…。

結婚している友人同士の会話でよく聞きますよね。「家で家事とか育児とかやってんの、お前?」みたいな話。

ま、そういう言葉が出てくる時点でおそらく大してやってないんだろうな、と。うん、この4日間を経験する前のMr.Mも全く同じでしたけど。

家事と育児は決して同列ではない!ハッキリ言うけど家事なんて誰でもできる。掃除?洗濯?ゴミ捨て?どれもやることは決まっているし、いずれ終わる。

でも育児はそうじゃない。

おむつ替え一つとってもそう。たしかに健康な子どもだったら、年齢とか月齢によっておむつ替えの回数ってある程度決まってます。でも、腸炎の威力なんてマジで連続4回とか普通にあるわけです。しかもね、それが夜中の二時とか。じゃ、健康の子どものおむつ替えしかしないなんて、そりゃ育児って言うんかいな?という話。健康な子どもの休日のお昼、自分も心身ともに余裕がある中でのおむつ替えなんかイクメン気取るパフォーマンスでしかないんじゃないかと私は悟るわけですよ。

子どもが病気になりました。電話で予約をして連れて行けばいいんでしょ?って。具合が悪い子供はビービーギャーギャー泣くわけですよ、車の中で。で、診療所に着きますよ?現在位置はグーグルマップで到着してるわけですけど、月曜の午前中なんて車を停める場所がねぇ~んです!アホなんですよ、形だけしか育児ってないから、分かってない訳ですよ、現実が。第2、第3駐車場まで想定してないんですよね。診療所前で「やべ…」って頭の中がなるじゃないですか、でもって予約時間が迫ってる中で、子どもはさらに声を大きくビービーギャーギャーゲーゲー言うわけです。

で、結局、そんな子供を車において診療所に「すいません、車停められないんですけど…」って、聞きに行って第3駐車場教えてもらって、泣き叫ぶ子ども抱えながら診療所戻って診察待っている間に、嫌~な匂いが漂うわけです。もうね、嫌がらせとしか思えないタイミングでオムツなわけです。診察してる間にも再びやるわけです。で、自分が抱えて診察してもらってるもんだから、水っぽいアレが染み出して自分の服も汚れるわけですよね。で、自分も確実に匂ってるまま処方箋もらって薬局行くとか…。

ま、代表的な超難易度高い夜中のミルクだって夜泣きだって終わりは見えないし、ランダムでどこで襲ってくるか分からんわけだし。

食事だって作るだけの家事部分なんて楽なんですよ。ハッキリ言って洗い物だってその後片づけだって家事部分は楽なんです。自分の裁量や工夫、努力次第で早く終わるしどうにでもなる。大変なのは子供に食べさせる育児部分なんだと。

食べないヤツにどう食べさせるのかから始まって、食べてる最中にテーブルは汚すし床は汚すし。隣で飯食ってる次女が、ウイルス持ってる長女のコップを平気で使おうと手を伸ばすし、気づけば嫌~な臭いはしてくるし…。で、空気読まないピンポン営業とかね…(キレるよね、コレは)。

今まで自分は家族との夕食時になれば酒の一杯でも飲んで、自分も楽しく一家団欒とか言って洗い物さえしてればいいでしょ?的な感じだったんですけど、ま、それでよく「自分は育児をやっている」なんて堂々と宣言できたもんだなって。自分の楽しい一家団欒の時間ってのは誰かが泥をかぶって成り立っているもんなんだって。誰かが育児の泥をかぶって成り立っているものだったと。(「育児の泥」って表現が気になる人ってのは、100%根っから育児が大好き人間か、理想郷にお済みなっている育児評論家的な方だけか、家事代行を頼んで自分の時間もきっちり持てるようなお金持ちか、そんなもんでしょ。ということで、批判覚悟で使っちゃいますよ。)

仕事をいくら早くやっても木っ端みじんに無駄になる…。

挫折

時間管理について私はこのブログ中でも何度か記事にしてきています。

私は仕事の上で、やらなきゃいけない仕事はガンガン終わらせて、できるだけ自分がやりたいことをやる時間を見出すことにこだわって生活している部分があります。

でも、家事はともかく育児ってその考え方が全く通用しない。

家事をガンガン終わらせますよ。育児もオムツも変える、食事もとらせる、歯磨きもさせる、とりあえず一通り全項目を終わらせる、じゃそれで自分タイムが来るかって?来ないって。子供は遊んで欲しいとせがんでくるわけです。高い高いをやってくれと。1回でいいからやってくれと。1回やったら、真正面から約束破ってもう一回と。話が通用する相手ではないんですよ、コレはね、もうね、飲食店に時々現れる話が通じないクレーマーの3倍くらい話が通じない相手なわけです。

じゃ無理に遊びを強制終了しますよ、次はね、泣き叫びなわけですよ。この状態の子どもが傍らにいて、無表情でパソコンを打てるパパがいたら、それはもうちょっとヤバい人か、無の境地に達した孫悟空くらいしか思い浮かばないレベルなんです。

育児はホント終わりがない。何を早く片付けたところで自分自身が期待していた自分タイムは木っ端微塵に破壊し尽くされる…。

掃除もした、洗い物もした、洗濯もした、風呂掃除もした、食事も終わらせた、歯磨きも終わらせた、じゃあ残りの時間は好きに使っていいよね?という発想。これ自体が全く通用しない。舐めるな、と。われわれ幼児を舐めるなよ、と。われわれ幼児は決してお前を好きにはさせないぞ、と。お前の時間はわれわれ幼児のものなのだ、と。

本当の育児ってのはこれなんだと。コレが毎日、そして終わりが見えない戦いなんだと。

私は主婦(主夫)の味方では決してない!しかし、仕事の方が全然楽なのは間違いなし。

こういう記事を書くとですね、流行りの「主婦(主夫)すごい論」を推し進める評論家の仲間みたいに思われるかもしれませんけど、私は決してそうではないですよ。

家事・育児って大変なんですよ、世の中の男性諸君、もっと協力してあげて!もっと気持ちを分かってあげて!なんて言うつもりは毛頭ありません。

ま、どうでも良いんです。それぞれの家庭がそれぞれのパワーバランスの中で上手くやってたり、上手くやれなくて崩壊していってるだけでしょうから。

ただ一つ言えるのは、自分にとっては仕事の方が全然楽ですよね。

正直、病のピークが過ぎて嫁さんと話す時間が取れた瞬間にハッキリ言いましたよね。

「もう二度とやりたくない。」って。「クソストレスたまった。」って。「できることなら今後もあなたがやってくれ」って。

嫁さんの大変さが分かったからと言って、申し訳ないですけど、これ以上自分の家事とか育児の負担を増やそうなんて1ミリも思ってません。(クソ野郎だと思われるかもしれませんけど…。)

だってこんな大変なことをやっていたら、自分の塾の仕事に差し障りが出るだろうし、塾の経営が傾けばそれはそれで家族に迷惑をかけることにもなりますし。さらに自分自身がストレスをためたら、家族生活の雰囲気だって悪くなりますから。

だから、できる限りあなたが頑張ってくれ、と。頼むから、今まで以上にこんな大変なことを期待するのはできるだけ辞めてくれ、と。もちろん、また嫁さんが倒れたりすれば、そのときに必死にカバーしようとするのは当然ですけど、標準装備での日常は無理だと。

家事はいくらでもやる、でも育児は勘弁してほしい。(勘違いされると困るんですけど、私は子供嫌いではないです。普通に子どもを連れて公園で遊びますし、ご飯も連れて行きますし、一緒にふろにも入りますし。)お母さんの4分の1くらいの育児レベルがせいぜいだと。

ま、分からんですけどね、それで自分の嫁さんが納得してくれているかどうかは。いや、むしろ納得してもらわないと困るんですが…(自分自身では結構限界だったので)。でも、やっぱり知っておいた方が良いでしょうね。家事とか育児の大変さというか、専業主婦(主夫)の過酷さってやつは。知った上でモノを言うのと、知らないでモノを言うんじゃ、家族生活においてのリスクが違うと思うんで。

知らない奴が知った風に偉そうにモノを言えば、そりゃ言われた方としては最悪「こんな奴、離婚してやる!」とかならないとも言えないですし。家事・育児のパワーバランスがたとえ妻:旦那=9:1だったとしても、その過酷さを知ってのことだったら、妻としても「まぁ、しょうがないか…」ってなってくれる可能性も高まるような気もするんですよね。(あくまで可能性の問題ですよ。)日常の細かい部分での発言とかが変わってくるでしょうし。

ということで、自分自身は嫁さんの大変さを身に染みてよく分かったんで、今後は不要な暴言なんかは絶対に吐かないように気をつけたいと思います。

いや、繰り返しになりますけど、この記事は決して流行りの主婦(主夫)って大変だから、もっと世の中、主婦(主夫)の人権向上に努めましょうよ、なんて大それた意図は全くないですから。私はそんなこと言えるような偉い人間じゃないですから。それこそ世の中、主婦より大変なブラック企業にこき使われているお父さん方も多いはずですし。

ヤフーニュースとか雑誌で「家事、子育てバリバリやってて、仕事場にも理解してもらって、奥さんも大事にして、皆さんもそういう生活しましょうよ」的な今時スタイル押しつけてくる意識高い系圧力記事って、自分自身はクソ嫌いですしね。そんな生活が可能なのは、一部の恵まれた奴だけでしょ、って話で。毎朝、健康シリアル食って自家製の野菜ジュース飲んで、毎晩ルッコラだのオシャレ系野菜が入ってるサラダを木皿で食ってる一部の層だけでしょ、そういうのは。(って偏見に満ちた人間ですからね、私は。)

間違っても辞めて欲しいのは、この記事を読んで「あぁ、この人は家事・育児の辛さをよく分かってる良い旦那さんだ♪」なんて勘違いすること。分かる訳ないですからね、しょせんは私が体験したのは4日間ですから。終わりが見えてるから何とか踏ん張れたってのが大きいですから。しかも、義母とか職場の協力合って乗り越えてますし。本当に家事・育児の辛さってのは一体この生活がいつまで続くのか…、って先の見えない闇っていうか、ストレスっていうか、そんなんと対峙しないと分からんでしょ?

ま、あれと一緒ですよ。目隠しして目の見えない人の気持ちを考えましょうよ、ってイベントと。本当の気持ちなんて分かる訳ない。だって1時間のイベントの後で目隠し外れるんだから。本当の気持ちってのは今後一生、ソレと付き合っていかなきゃいけない絶望っていうか、その中で折り合いつけることとか、受け入れることとか、で、その中で希望を見つけなきゃいけない辛さというかね、ま、短期で終わるような真似事を一生懸命やったってしょせんは理解できるわけない。

話逸れてますけど、ま、自分なんてそんなもんです。決して「自分、家事・育児頑張ってます!」なんて言うつもりも全くないですし、じゃ「まだまだ自分なんて足りないですよ~」なんて理想的な芸能人的イクメン目指して謙遜するつもりも全くないですし。

ただ単に、家事・育児、とくに本気で育児をしようとすると、私のような性質の人間にはめっちゃ大変で、ストレスが超たまるから、何とか表面上、形だけの部分で許してもらって、家族のパワーバランスとか精神負担バランスが保たれるようにうまくやって行ければいいなぁ~、と感じた4日間でした、という話。

この記事は年収500万程度の塾経営者が己の精神の限界と、誰かに泥を飲んでもらって成り立っている自身の仕事ややりたいことに改めて気づきました、という極個人的な記事だってことで…。以上!