悩み

今回の記事は塾の宿題について。

私の塾でも宿題はそこそこは出しますけど、多いというほどではありません。

私の塾は厳しいとは言われますが、宿題の量に関しては私の塾より多いところはたくさんある。

ま、ずいぶん前に宿題云々かんぬんのフェイクニュースの記事を書きましたが、私は宿題賛成派、反対派そういう議論はどうでもいいと考えています。

正直、短期記憶がどうのこうのとか、エビングハウスの忘却曲線がどうのこうのも興味がありません。

そんなのものはそっちの専門家に任せておけばいい話。

たかだか塾講師が脳科学者の領域に足を踏み込んだって無駄でしょ?

ま、私も宿題は出しますよ。でもね、大量に出しまくることはしないって部分を記事にしたいと思います。

なぜ宿題をやらせるのか?

まあ単純な疑問を最初に考えましょう。

なぜ宿題をやらせるのか?という疑問。

答えは単純。

勉強量を稼ぐためです。(違う理由を持っていらっしゃる先生方もいそうですけど。私は単純なんでコレです。)

週に一回の授業だけじゃ学習量は明らかに足りない。(一回の授業だけで全て理解して使いこなせる生徒なんて学年5位以内に入るような生徒です。いや、5位以内でも厳しいかも…)

普通の生徒だったら宿題にプラスして小テストの再テストを2回くらいやってとか、そのくらい毎週やらないとコンスタントに80点以上とかは稼ぎ出せないと思うんです。

学習量を稼ぐために宿題がある、というとてもシンプルな答え。

でも宿題は明らかに効率が悪くなる可能性が高い。

しかしですよ、再テスト、補習、塾での自習、数ある学習量を稼ぎ出すための手段の中でも、宿題ってのは明らかに効率が悪い(可能性が極めて高い)。

だって我々、塾の監視がないんですもん。

テレビ見ながらスマホ見ながら漫画本見ながら菓子食いながら…。

そんな自由な環境で嫌いな勉強に効率よく立ち向かえる生徒なんて、それこそさっきと同じ、超少数の自律心のある生徒たちだけです。

私なんて宿題に関しては、正直諦めてますよ。まともに頭に叩き込むようにやってくる生徒なんて、ほぼいないって。ホント少数のまじめに全力で宿題をやってくる生徒たちのことを思って出しているだけです。

正しい勉強量を宿題でも稼ぎ出せる上位生たちを補習とか呼ぶのも忍びないですからね。

期待するのは宿題をダシに使った補習にアリ。

じゃ、上位生を除いた生徒たちにとって宿題は無意味かというと全然そうではない。

私は宿題をチェックしていい加減な生徒はガンガン補習に呼びます。宿題の直しをさせるためです。

そうするとね、結局我々の監視下で正しい学習量を稼ぎ出すことができる生徒が増えるんです。

最初から宿題出さずに補習に呼んじゃえばいい?

たしかにそういう考え方もありますけど、宿題をしっかりやれば補習に呼ばれなくて済むんだ、という意識を芽生えさせるのも結構大事かと。

やっぱり誰も見ていない環境でも、自分自身を律して学習できるようにならないと上位生への道はないわけなんで…。

いつまで経っても補習組でとどまる生徒もたくさんいますけど(だから私の塾は常に生徒たちでごった返しているんですが…)、その中から一人、二人と抜け出て行く生徒たちの中に学年10位以内になったりする生徒がいるわけです。

ま、宿題で手を抜こうがサボろうが、結局落とし前はつけてもらうってことで。宿題自体の勉強量は期待してなくても、宿題の結果ついてくる補習に勉強量を期待しているってことです。

私は宿題は容認派、でも絶対じゃない。

成績を上げるためには勉強量を稼ぎ出さなきゃいけないんで、どうしても宿題って必要になる。だから私はもちろん宿題容認派です。

ただ、成績を上げるための勉強量を作り出せるのであれば、別に宿題は絶対ではありません。

だから、塾で勉強をガシガシ進めてくれる上位生たちには平気で言いますよ?その課題終わったら今日の宿題やってていいよ、って。

だって、どこでやろうが成績を上げるための勉強量を稼いでくれれば文句はないわけです。でもって、結局それだけの量の勉強をすれば、家でやろうと塾でやろうと関係ないでしょ?

たまに保護者に言われるんです。「塾の宿題を家でやってる様子がないんですけど大丈夫ですか?」って。だから言うんです、「大丈夫です。どこでやってるかは分かりませんけど、こっちから出している宿題は必ずやってきていますので。」って。で、テスト結果が出てるんであれば、保護者も満足、生徒も満足、我々も満足、皆ハッピーですからね。

私は宿題が多すぎて大変だから塾を辞める、と言われたことはありません。ただし、毎日塾に来させられて大変だから塾を辞める、と言われたことは多々あります。それだけ私は家でやる学習を信じていませんし、できるだけ我々の目の前で学習させることにこだわっています。

大量に宿題を出すことに隠された意図

塾講師ウソつかない

私の塾に転塾してくる生徒の中には、それこそMr.M塾の3倍~4倍の宿題を課せられていた生徒もいます。(で、成績は上がってないという地獄…。)なんでこんなに宿題を出すんでしょう?

保護者へのアピール?

私が予想する一つ目の理由が保護者へのアピールなのかな、と。

要は宿題が大量に出されていれば、家で机に向かいますよね?

そうすると保護者は一応安心しますよね。「あ、うちの子勉強している。さすが塾の力。」みたいに。

これはさっきの私の話とは逆です。

私の塾では保護者に「宿題あるんですか?」って聞かれることが多いですから。やっぱり、保護者は宿題やってる様子が分からなければ不安にはなりますよ。

でもね、大量の宿題と言ったって転塾してきた生徒に聞くと、ただ答えを写しているだけとかね…。勉強のフリですよ?平成も終わって令和の時代、このスピード化の時代、時間が何よりも貴重な時代に、未来ある若者にクソみたいな無意味な作業をさせていいんですか?とは言いたくなりますけどね。

(ただ聞くところによると、答えを写すだけでも相当時間がかかるとか…。で、宿題のチェックもほとんどなしで写そうが何しようがバレないと。内容はどうでもいいと。でも、やってないことだけはメチャクチャ怒るという。コレって言うのはアレです、営業マンが実際に商談したかどうか、契約に結び付くようなアプローチしたかどうかは関係なしで、とにかく外に出てる時間とか移動距離だけを気にして怒るという、潰れゆく零細企業の社長と同じ論理です。)

生徒への責任転嫁?

こっちに関してはある塾長のブログに書かれていましたね。

宿題を大量に出す。⇒全部やりきれない。適当になってしまう。⇒成績が上がらない。⇒しっかり宿題をやらないお前が悪い。

という悪魔の論理。

ブラックです!ブラック企業真っ青の論理です!

これはアレです、営業ノルマを大量に課す⇒ノルマが達成できない⇒ノルマを達成しないお前が悪い⇒給料を上げない。もしくは下げる。もしくは休日出勤させる。

同じです!同じ論理です!

いやね、確かにね、分かりますよ。宿題の量に「ちょうどいい」なんてないってこと。

やっぱりね、思いっきり引っ張ってやらないと、思いっきり尻を叩かないと伸びない生徒が多いです。負荷をかけないといけないのは私も全面的に同意です。

でもね、宿題を大量に出してあとは自己責任って戦術は正しい正しくないという議論の前に、工夫がないですよ。せっかく学習塾講師として学習指導を専門に仕事をしているのに、宿題の大量投下⇒できる奴だけ伸びればいい、なんて仕事が面白いですか?

たしかに「ちょうどいい」宿題の量なんかない。甘えさせてもダメ。でも、どの量が一番適切なのか、どの手法が一番学習量が効率的に稼げる手段なのか、それを探り続けることって我々の大事な仕事じゃないでしょうか。だからこそプロなんじゃないでしょうか。(ま、それを探った結果が大量投下だったと言われると、ムムム…って感じではあるんですが。)

そりゃね、未来のマラソン選手を育て上げるために「お前らはとにかく毎日休まず1km3分半で40㎞走り続けろ。」って指示して、付いて来れなかったり故障して脱落していく選手は「根性なし、自己管理力不足」って吐き捨てる。で、耐え抜いた選手が何かの大会で優勝して、「よっ、この名監督ッ!」って?そんな馬鹿な、という話ではないですか?そりゃ、それだけの練習耐えられれば誰だって優勝できるって話ではないでしょうか?異様に丈夫な体を持って生まれた選手、そして元から力のある選手がその監督の下にたまたま来たからであって、監督の力も何もないでしょう?だってこの監督、何か工夫したんですか?

仕事を家に持ち帰れ、というのは明らかなブラック企業である。

ショック

私はできるだけ物事をシンプルに考えようと努めています。

ま、それは自分がバカなんで複雑に考えちゃうと無駄に悩んだり、ストレスをためたりしちゃうからなんですけど。(で、能力もないので悩んだり、ストレスためたりするとまず他人に勝てるようなパフォーマンスができないんです。)

宿題大量問題も自分自身に置き換えて考えてみるわけです。

大人だって仕事を持ち帰れ、何て言われたらモチベーション上がらないですよね?ま、恐怖の鬼課長に言われたんだったら、仕方なく仕事を持ち帰ってやりますけど、労働生産性は悪いですし、何より仕事場に対して恨みも持つだろうし、精神的負担から健康にも悪い。

仕事を家に持ち帰れ、なんて言う会社は間違いなくブラックなわけです。

大量の宿題を出しておいて、できなければ寝ずにやれ!なんて強要する塾の先生はこれと大して変わらんのでは?

いや、中学受験とか、もう本人がその世界に飛び込む覚悟があるならいいですよ?でもって親も一緒に必死になってサポートするとか。まぁ、中学受験専門の塾講師たちはそれこそ必死だと思うんで、これについてはちょっと何も言えないですけど…。それに中学受験の場合はたしかに大量に宿題をやらないとクリアできない部分がありますし。

ただ、公立高校受験をメインに置いている塾がそれをやるのはどうなんでしょう?時代的には受け入れ難いような気もします。

塾にいるときにできる限り頑張ってもらう。塾にいるときに100でやってもらう。で、家では理想は0。休みの日ぐらい思い切り遊べと。でも、やっぱり塾の100だけでは成績を上げるのに心もとないから家で30くらいは宿題でやってくれと。130あれば成績伸びるんだから。でも、家で5しかできない生徒もいる。じゃ、そういう子たちには「やっぱ25足りないよね?じゃ塾に来て私の目の前でやろっか。」で25を補ってもらう。とにかく平日メチャクチャ頑張って(場合によっては我々の手を借りてでも)休みの日は出来る限り自分の時間に使いなさい。私はこういうスタンス。

塾にいるときに50。足りない80は家でやれ。もちろん平日だけじゃ80は出来ないから休日も使え。合計130になるだろう。えっ?家で50しか出来なかった?合計100じゃ成績は伸びないぞ。伸びないのは家で80やらなかったお前のせいだ。休日も潰すこと前提のこのスタンス。

働き方改革だの、休みの重要性だのがこれだけ説かれている現代。またブラック企業がこれだけ叩かれている現代において、後者のスタンスの塾がどこまで支持されるのか。

(私が思いつく近所の老舗塾は、どうやら終わりが見えているらしいんですけどね。)

ま、大量に宿題を出す塾が一概に悪いって記事ではないので悪しからず。大量の宿題があっても生徒が生き生きとエネルギーに満ちて、日々、講師たちに対峙している塾もあると思いますから。で、そういう塾ってのは流行ってると。

ただ私は真似しないってだけで。それはやっぱり根本的な働き方とか生き方の考え方の違いからくるものだったりもします。