疑問

先日いただいたあるメール。

…そもそも中学生の学習にAI必要ですか?自分で考えるのがいいじゃないですか?AIは大学生くらいからか学習障害で困ってるお子様向きじゃないかと思います。…

(Mr.Tさんからのメール)

この部分。

結構私も同感で、「たかだか中学生の学習でAIとかICTとか、大げさじゃない?」って思うんです。

いや、AIとかICT自体を学ぶのは全然いいと思いますよ。それこそ、私含め今の時代の人間はスマホやパソコン依存症だらけですから。その世界を学ぶこと自体は何の疑問もない。

ただね、中学生の数学だの、英語だの、そんなレベルにAIとかICTの力を借りて学習補助?っていうんですか。する必要ありますか?

何かそれってバスケのドリブル練習とか、ハンドリング練習にAIとかICTを導入するのとそうそう変わらない発想じゃないですか。もしくは、将棋の駒の動かし方を覚える時点に、AIとかICTを使う必要ありますか?みたいな。

そんくらい自分でどうにかせいッ!ってレベルのような気がするんですよね…。

※Mr.Tさんからのメールの内容は、以前に書いた記事「㈱スプリックスの自立学習REDがとても気になる件。」にも言及された興味深いものなので、記事を加筆修正をいたしました。

学習にAI、ICTをどう利用するのか?

あるサイトに教育へのAI、ICT利用についてこうあります。

AIを活用した学習システムを2つ紹介します。1つはすららネットの「すらら」です。「すらら」は、アダプティブ・ラーニングやゲーミフィケーションの要素を取り入れた対話型アニメーションのeラーニングです。一番の特徴は、一人一人のペースや学力レベルに合わせて問題を出し、学習計画を立てていけるようなオーダーメイド学習、いわゆるアダプティブ・ラーニングだということです。AIは一人ひとりに対応するためにさまざまに活用されていますが、たとえばこんなことができます。

中学1年生が数学の問題を解いていて、ある分野になると苦手だということが明らかになります。すると「すらら」は苦手の原因を履歴から探って特定します。たとえば原因を「分数と分数の掛け算が出来ない」と特定すると、小学校の問題から「分数×分数」の問題を選んで分かるまで繰り返し出題して、今解けない問題の原因から解決します。…

2つめに紹介する「Qubena」は、最初からAIを活用することを前提に開発された、数学(算数)に特化した世界初の人工知能(AI)型タブレット教材です。…間違いの原因を人工知能が分析し、たとえ過去の単元や前の学年の分野につまずきポイントがあったとしても、原因を解決するためにその生徒が解くべき問題へと誘導するのはもちろん、生徒が「解いている問題、解答時間、正答率など」の学習データを専用の管理システムによってリアルタイムに収集・分析したり、ヒントや解説アニメーションを活用して、上級学年の単元へと進むことも、難易度の高い問題へ挑戦することもできます。

(ICT 教育ニュース)

要は自分の弱点をAIが見つけてくれて課題解決の提案をしてくれるって話ですね。ま、それ自体は素晴らしいことだとは思うんですけどね…。便利ですし。

中学生の学習内容レベルで利用する必要があるか?

悩み

皆さんは『ザ・ギバー』って本知ってますか?

私は中学生の時に読んだんですけど、読書嫌いな私でもかなり面白かったんですね、この本。なんか、聞くところによると映画化もされたとか。わりと有名みたいなので知ってる人も多いかも。

もう一つ、漫画家の藤崎竜先生の最初の単行本『WORLDS』って短編集に「TIGHT ROPE」って作品があるんですけど。ま、そっちは知らない人がほとんどだと思いますが。(一つ断っておきますが、私は漫画も詳しくないですから。)

『ザ・ギバー』も「TIGHT ROPE」もね、どっちも行き過ぎた管理社会を描いているんです。「TIGHT ROPE」は1991年の作品です。『ザ・ギバー』は1993年の作品。

30年近くも前から、それこそ教育評論家でもない作家や漫画家の人たちが「あんまし何でもかんでもコンピュータとかに頼っちゃいかんよね。」って思ってたわけです。

ま、別に「すらら」が流行ろうと「Qubena」が流行ろうと、「TIGHT ROPE」の世界みたいに、何でもかんでも「OK、管理者(エイディー)」で済む世界になるとは思いませんけど、でもね、たかが中学生の学習レベルから、自分の弱点もその解決策も他者にゆだねるって行為は果たして正しいのだろうか?という疑問はありますよね。

もちろん、データ解析とかが複雑なスポーツの世界、とくにプロスポーツの世界とか、もしくは大学の研究室で学ぶレベルの問題であれば、AIとかICTとかガンガン使うべきだと思うんです。自己の分析力とか判断能力とか、そういうのが十分に備わっている人間だったから、課題解決のスピードとか正確性のためにもAIやICTはどんどん利用すべき。

でも、中学生ですよ?中学生の勉強内容ですよ?その程度のものを1から10まで、AIに頼るんですか?ICTに頼るんですか?(ちなみに私はAIもICTもその区別がよく分からないで使ってます。ま、どうでもいいんです、私にとっては。)

ちょっと想像してみるんですよ。20問、30問計算問題を解いていって、いつも分数のところで間違ってる。で、その生徒、タブレット見ながら待っているわけですよ。次に「君の課題はコレだね。」的な画面に移り変わるのをボーっと待っているんですよ。で、タブレットに「君の課題は分数だ。だからこの問題を解こうね♪」ってAIだかICTが教えてくれるわけ、で、その生徒は「OK、管理者(エイディー)!」って…。

20問、30問ひたすら分数の計算で間違っている…、その問題点くらい自分自身で分かるべきじゃないですか?いつも英語の点数が悪いのは、英単語のスペルミスが連発しているから…、そのくらい自分自身で分かるべきじゃないですか?

ちょっと考えてみてくださいよ。優秀な塾講師論みたいな話ってあるじゃないですか。(私はあんまりそういうのは好きじゃないですけど。)何でもかんでも教えられる塾講師が優秀だなんて、誰も言わないですよね。よく言われるのは、自ら課題を発見させて、自ら課題を乗り越える力をつけさせる塾講師が優秀だってことじゃないですか。

たとえばさっきの分数の計算問題で言えば、何度も何度もミスを繰り返す生徒にかける言葉って「おい、分数の計算でいつも間違えてるぞ。」じゃなくて、「おい、自分が何で間違えているか、自分が書いた途中式見て考えてみろ。」ってことじゃないですか。英語だって「英単語のスペルミス多いよ。」って言うよりも、「解答用紙全体をよく見て見なさい。何で間違ってるか、一目瞭然だろう?」って生徒自身に課題を発見させる癖を身につけさせることじゃないですか。

ま、私は塾講師なんて生徒の成績上げてなんぼだと思ってるんで、成績上がれば「OK、エイディー」でもいいと思いますけど、残念ながら「OK、エイディー」では成績は上がらない。学年上位者って何が他の生徒と比べて優れているかっていうと、結局、課題発見能力と課題解決能力が優れている訳で、それをAIやICTに譲っちまったら元も子もねぇ、という話。

ま、これは今まで話を聞いてきた自立型個別指導塾の経営者の方の言葉も物語っているんですよね。自立型個別指導塾では成績下位の生徒と上位の生徒は効果が薄いと。結局、管理しやすい生徒たちを丁度良く管理するためのものにすぎないと。

要はね、今のところの学習塾のAIとかICTとかってのは、教える側の手間を省くためのメリットがあるってこと。別に教わる側には、それほどメリットはない(それどころか学力下位層の生徒が手を出しちゃったら、何でもかんでもタブレット頼みで超受動的考え方が身についちゃうんじゃないの?という懸念すらある)ということ。その部分を塾の経営者がしっかり認識して、過度にAIやICTの威力を生徒たちに吹聴することがなければいいんですけどね…。(うちはハイブリット型のシステムがあるから、パソコンの指示通りやっていけばいいだよ♪みたいな…。)

私なんかホント偏った極端な考え方の持ち主なんで、中学校の学習内容レベルの自己分析ができないような奴は、それこそ将来、トイレットペーパーを変えるタイミングや、目覚まし時計の設定時刻すらAIに頼らないと生きていけないんではないか、と思っちゃいますよ。

(就活のときにどうするんですかね?自己分析みたいなのやるじゃないですか。タブレットに聞くんですか?自分の長所はな~に?エイディー?って。「アナタノチョウショハアカルイトコロデス。」「OK、エイディー」って?キモすぎでしょ。)

腕の良い指導者ってどんな指導者なのか?

塾講師ウソつかない

先日、長距離の名指導者の小出監督が亡くなりましたよね。

小出監督、「褒めて伸ばす」が有名ですけど、実際は個々の選手のことを本当によ~く観察して、それぞれの選手にあった接し方をしていたらしいんです。明るく、楽しい面ばかりがメディアでは出てましたけど、やっぱり怒るときには怒るし、厳しい面も相当あったとか。

お酒好きでざっくばらんな印象が強いですけど、データ分析なんかも相当に細かくやっていたとのこと。そりゃそうです、あれだけのメダリストを育てた名伯楽ですから。

でも、やっぱり小出監督が他の監督に秀でて結果を出せたのは、人を見る目とか、人を育てる接し方とか、人間的な部分が一番強いんではないかと想像するんです。

あの人に褒められたい、あの人に怒られたくない、あの人に喜んで欲しい、あの人を悲しませたくない。

やっぱりそういう部分に、AIとかICTが及ばない人対人のやり取りの肝がある。

で、私は何もAIだとかICTだとかを否定している訳じゃなくて、な~んですぐにAIが大事、ICTが大事、これからの時代それができなきゃ全部ダメ、だからどこもかしこも導入せよ!みたいな論理になるんでしょうか?ということなんです。

で、その最たるものが小中学生学習においてのAIだのICTだの。繰り返しになりますけど、膨大なデータの中から核となるものを抽出したり、法則性を見つけたり、課題を見つけたりって部分で利用するんなら、絶対に導入した方がいいと思うんですよ。

でもね、本当にかけ算九九にAIが必要ですか、ICTが必要ですか。計算問題10枚渡して「君が出来なかった問題を全部チェックして、何で出来なかったのか考えて見なさい。」で事足りることに、なぜにAIやICTが入り込むんでしょうか?

都道府県のテストで何度も何度も新潟の「潟」をミスしている生徒に、「アナタハ10回モ、”潟”ヲマチガエテイマス」ってAIに指摘させる必要があるでしょうか?そんな生徒はもはや、やる気がないから自分のミスにも気づかず(気づこうともせずに)に同じことを何度も繰り返すんでしょう?AIが弱点を教えるうんぬんのレベルではない気がするんですが…。

ま、ちょっと極端な例を出しましたけど、公立高校受験のレベルってそれこそ中堅層までなら、大したことないじゃないですか。変な話、公立高校受験くらいの学習は自分で考えて、自分で挫折を経験して、自分でそれを乗り越える努力をすること、それ自体が主目的みたいなところもあると思うんですよね。

「だから、それを乗り越えるための補助としてAIやICTがあるんでしょ?」

って言われると、「だ~か~ら、このレベルに補助は要らないって言ってんでしょ!?」みたいな無限ループが始まりそうな気はするんですが…。

「そんなこと言ったら塾講師だって要らないじゃん。」

って言われそうですけど、もしかしたら本来は要らないのかもしれませんよね。

でも、何て言うでしょうか。サッカーのコーチは必要ですよね?やっぱりQちゃんも有森さんも、小出監督は抜きにメダルはなかったわけですよね?

もちろん、我々のやってることはそこまでのレベルではないですけど、たとえば「先生、ここ分かりません。」って生徒が言ってきたときに、「そのくらいは自分で調べろ!」「どこまでは分かっているんだ?」「そこまで分かっているなら、問題文をよく読んでないだけだ。」「いつまで他人に頼っているんだ、自分の頭を使え!」とか、そういう言葉がけとか励ましをして、本人たちのパワーを引き出させる手助けを必要とする生徒はたくさんいると思うんです。

でもね、何回目の繰り返しになるか分からなくなってますけど、「君の弱点はココだよ、だからこの問題をやろうね。」的な指摘は、中学生の学習レベルでは必要ないと。むしろ、「弱点はココ、だからこの問題をやる、ココを覚える」という機能は、生徒自身に持たせないといけないと。まさにそれこそ、自立というのかもしれませんけど、結局、成績を上げるって面でもこの自立機能がないとダメなんですから。

いちばん悪いのはすぐに飛びついて拡散させる大人たち

ダメ講師

AIやらICTやら、とにかく教材会社とかFCの営業攻勢がすごいですよね。

個人塾の皆さん、時代に乗り遅れないでAIやICTを導入してくださいッ!

みたいな。

で、これは悪くないと。

当たり前なんですよ、売れるものは売れるときにできるだけ売るのが商売の鉄則ですから。

ま、教育改革の流れの中で、説得力はありますもんね。

教育現場のICT化。

その流れからすれば、自立型個別指導塾に導入されているようなシステムは今が売り時なんですよ。

売ってる人たちは何も悪くない。

じゃ、買ってる人が悪いのかって?

いや、別に買ってる人だって悪くない。

やっぱり一人塾長とかで色んな業務の傍ら、多くの生徒を指導するために「すらら」だの「セルフィーウィン」だの、一つの武器として利用するのは全然アリだと思うんです。自分の手間を省くって意味で。

私が悪いな~、こういうタイプ。って思うのが、流行りに乗って、その中身も大して知らず、そして指導にも大して熱心じゃないのに「ホレッ、今はこういう時代なんじゃ。こういうシステム使っとけば問題ないんじゃ。とりあえず流行りのシステムやらせとけばいいんじゃ。それが正しいんじゃ。」って、平気で言っちゃう人。

ま、要は教材会社やFC本部の言うことをそのままお客様に伝えて広めちゃう人。無責任にこれからの時代を語っちゃう人。ま、具体的に言うとアクティブラーニング=思考力豊かな人間を作る、詰め込み教育=無個性な受動的人間を作る、的なことを平気で吹聴しちゃう人。ま、要は私は嫌いです。あ、この人、塾講師歴長くてもど素人だな、って思います。

何かね、こういう記事書くと自分が古き良き時代のアナログ文化をこよなく愛する人間で、デジタル排他主義者みたいに思われるかもしれないですけど、私は自他ともに認めるスマホ依存症ですから。

要はね、AIもICTもまだまだ活用させる必要のないレベルの子たちに向かって、時代の流れだとか錯覚して、たいして情熱もなし、確固たる信念もなしにAIやICTのエネルギー波を小中学生に押し付ける塾講師こそ、すでに自分の頭で考えることを辞めちゃってるんじゃないですか?という話です。