基準があいまいな先生は嫌われるという不変の法則

曖昧な講師は嫌われる

生徒に嫌われる先生ってどんな先生でしょうか?

生徒の口から結構な割合で出てくる言葉が「ひいきをする」先生、コレが嫌われると。

何でひいきをする先生が嫌われるのか?

おそらくですね、基準が曖昧なんです、この手のタイプの先生。

日常的にひいきをしていながら、平気で「差別はダメだぞ!みんな仲良くだぞ!」的な発言をのたまうタイプ。お前はどうなんだよ?って生徒に内心でツッコまれちゃうタイプ。

これね、「俺はハッキリひいきをするよ。成績が良い奴は怒らないし、悪い奴は平気で怒るぞ。」って言っちゃう先生いるとするじゃないですか。でもって、理由も「成績が良い奴は結局頑張ってるんだ。悪い奴は手を抜いているだろう。」って堂々と説明するとするじゃないですか。(良いか悪いかは別として。)

ひいきはするけど、基準がはっきりしていてそれを生徒にもはっきり伝えてる先生がいるといるじゃないですか。たぶんね、そんなに嫌われないと思うんです。もちろん、人間好き嫌いがあるんで全員からは好かれないでしょうけど、全員から嫌われることもない。ファンはつく。

で、すぐに「怒る」って先生も嫌われる確率が高い。コレも結局、曖昧なんです、基準が。どこで起こるか分からない、何で怒るか分からない、いつ怒るか分からない。だから、生徒たちは疲れるんです。こういう先生って怒りまくっているのに、生徒たちからそんなに恐れられていないんですよね。生徒たちの評価は「恐い先生」ではなく、「うるさい先生」なんです。そりゃ嫌われる。

恐い先生だって嫌われない先生っていますよね。むしろ人気がある先生だっているでしょ。私が中学生時代に一番好きだった先生は、その学校で一番恐かった先生です。(というか、今まで出会った誰よりも恐い…。)女子であろうと殴られてましたからね…。今の時代ならアウトですけど。でも、この先生って私だけじゃなくて、他の生徒からも人気があったんです。

怒るとムチャクチャ恐いけど、怒る基準が相当に明確だった。この先生、他人に迷惑をかけたときにだけ、相当に怒る。それ以外は相当に面白い先生だったんです。生徒たちは皆それが分かっていたから、この先生のことが好きだったんですよね。

逆に爽やか気取った若い体育教師は嫌われてましたね~。何か自分の趣味と機嫌で態度がころころ変わるんで、生徒たちにバカにされていた記憶があります。ま、この人も怒るんですけど、恐くないんですよね。中学生ながらに「こんなたいしたことない奴に何言われても別に…」って、皆思ってたんでしょうね。

基準が曖昧な大人って小中学生から見ると情けなく映るんです。なんかダサいんです。だから嫌われるんです。

Mr.M的超絶明確な指導基準

ということを考えてこの商売をしている私は、生徒の前ではかなり明確に自分の行動基準を考えています。で、それを生徒に事あるごとに伝えています。(対スタッフとの話だったり、経営に関しては相当にブレまくってまさに朝令暮改であることが多々ありますけど…。)

生徒同士のおしゃべり・飲食

まず、生徒同士のおしゃべりや飲食についてどこがOKで、どこがNGか。

OKライン

授業が始まる前や休み時間中なら、基本的にいくら騒ごうが、何を食って飲もうが自由(法律の範囲内で)。スマホゲームをやろうが、漫画本を持ってこようが自由(法律の範囲内で!)。

とにかく授業中じゃなければ、Mr.M塾は原則自由です。ですから、授業が始まる前とか休み時間中は超うるさいです…。

NGライン

授業が始まった瞬間におしゃべりや飲食、スマホはNG。コレ、1秒でも破ったら超絶にヤバいです。1秒でも破ったら、我々はムチャクチャ切れます。

生徒たちもそれを知っているので、授業開始15秒前くらいには準備を整えます。授業開始時にテキストやノートが用意されてない場合も相当に怒られるので、生徒たちは時計を見て慌てて用意をします。

授業開始時刻に向けてムチャクチャうるさかった教室が、どんどん静かになっていく様子は、体験生なんかからすると異様に映るらしいです。「えっ?えっ?何が始まるの?」みたいな感じで周りをキョロキョロする様子を見せる体験生が多いですね。

ま、しょうがないです。体験生はNGラインを知りませんし、塾生はNGラインを絶対に超えたくないので、暗黙のうちに行動に差が出るわけです。(ま、体験生も入塾して2週間もすればその環境に慣れちゃいますけど。)

他人いじり

私自身がスタッフもいじるし、生徒もいじるので他人のことは本来言えないんですけどね。

OKライン

生徒たちが私を含め、スタッフをいじる分には全く気にしません。気持ち悪いと言われようが、髪の毛が薄くなってきていると言われようが、逆にそれを売りに変える覚悟でいますから。

だからスタッフが生徒にいじられていても、私は全くかばいません。庇えば庇うほど、そのスタッフはMr.M塾では働きづらくなる。生徒から信頼されないし、コミュニケーションも取れなくなるし、良いことは一つもない。

スタッフたちにも「いじられるのは生徒たちから慕われている証拠、興味を持たれている証拠」と、乗り越えるように伝えます。いじられて、それを売りにできてこそ一人前。ただし、舐められるな、と。いじられながらも舐められない、それを目指せと。

休み時間中に生徒たちが私含め、スタッフをいじって盛り上がるなんて、塾のサービスとしてメチャクチャおいしいですよ。学校でも話題になってクチコミが発生する確率増えますから。(私はスタッフがいじられているときは、庇うどころかむしろ油を注ぎます。ガンガンいじれ、と。)

NGライン

一方で生徒が生徒をいじるのはご法度。いじめにつながるリスクがありますから。

軽い感じでいじったとしても、結構真剣な表情で「え?何?それ、面白いの?どこが?」って聞いちゃいます。周りの生徒たちも静かになりますよね。

陰で悪口言うとか、ライン上で仲間外れにするとか、そういう部分にまで道徳持ち出すつもりはないですけど(そこまでは塾の講師の持ち分ではないと私は考えてます)、少なくともMr.M塾で、とくにM先生の前では、同級生をいじるのはアウトだと。

「理由は分からないけど、同級生をいじるとMがキレるからやらない」まあそれでもいいと。とにかく、いじめにつながるようなくだらないリスクは小さいうちから潰しておくってことです。生徒の成績向上のためにも、退塾防止のためにも、商品の品質向上のためにも、そのほうがいいでしょ?

授業中のコミュニケーション

塾講師ウソつかない

授業中のコミュニケーションの方向性についても基準があります。これについては以前も記事にしましたが、一応書いておきます。

OKライン

「対講師」であれば基本的には、発言は何時でもOK。質問でもいいですし、ツッコミでもいいですし。講師ー生徒ラインの会話は常に開かれている感じです。

ただ、面白いのが講師ー生徒ラインが常に開かれていたとしても、うるさくなることって稀です。集団の中から「先生ッ!」って発言するのって結構勇気がいるんですよね。だから、こっちから「コレ、分かる人、誰でもいいからカモンッ!」みたいに言わない限り、そうそうベラベラ生徒から話が出ることはないですね。

NGライン

生徒同士の会話は厳禁。ここは極論、生徒同士が目配せして無言のアイコンタクトを取るレベルでもキレます。無言のアイコンタクトでも、二度目はないです。注意してそれでもアイコンタクトやった場合には帰らせるレベル。さらに「いや、喋ってないですよ。」なんて言おうものなら退塾レベルです。

ここに関しては相当明確に禁止しておかないと小、中学生の秩序は保てません。

コレ、お友達講師になっちゃう先生の授業なんか、一見生徒と先生のコミュニケーション取れているようで、先生が板書している間なんかカオスですからね。先生が見ていない瞬間に手紙が回ったり、コソコソ話が起こったり。こんなんじゃ成績なんか絶対に上がらない。

私の塾では授業中や自習中に生徒同士で教え合うのもなし。結局それも、生徒ー生徒間のコミュニケーションなので秩序を乱す行動につながる危険性がある。

ダメなヒトダメなヒト

いや~君の塾、旧ソ連のガチガチ監視体制みたいだな…。

と思うでしょ?意外や意外、これでも結構ふざけてるんですよ?割と「塾に行くのは楽しいみたいで」って保護者様がおっしゃってくれること、多いんですよ?

宿題

もうね、ここは「出す」「出さない」のラインしかないんですけどね。

OKライン

「出す」だけです。とにかく字がクソ汚かろうが何だろうが「出す」ことに意味がある。出せばとりあえず危機は回避できます。出さなかった場合は、第一段階、結構な迫力の危機が訪れます。ま~教室は静まり返りますよね…、一人でも宿題忘れた奴がいると。

ま、それでも常習犯じゃない限り、次の日までは猶予を与えますけど、それ超えたら相当ヤバいです。というか、もう退塾ですから。

NGライン

「出さない」ことです。ギリギリ2日は待つけど、3日延長は退塾です。でもって、どんな言い訳も聞きません。

「やってあるけど家に忘れた。」生徒たちが使う常套句ですよね?Mr.M塾では入塾後1カ月以内は使う生徒いますけど、2カ月経ってもその常套句を使う奴はまずいません。

このセリフ出た瞬間、私がクソ怒るから。

「やってあるなら忘れんなぁぁぁぁ~、ざけんなッ、コラァァ!サボるよりもダセぇんだよッ!」的に…。「だったら今すぐ取りに帰れよ!」って言われますし。

たまに「学校に忘れた」とかいう生徒もいますけど、ネットで学校の電話番号調べて「電話しろ。今すぐ取りに行っていいか聞け。」って迫りますよね。

ということを周りの生徒も聞いてるんで、宿題忘れの言い訳は誰もしないんです。「忘れたものは忘れた。ごめんなさい。明日持ってきます。」それだけ。それだけじゃないと怒られるから。

で、次の日に持ってくるか、塾を辞めるか。それだけ。

基準を明確にすることのメリット

いいね!

やり過ぎだと思われるかもしれないですけど、やり過ぎるくらい基準を明確にお客様に伝えることってメリットが多いんです。だからこそ、私は基準を明確にしない態度で生徒に接するスタッフには厳しく言いますし、スタッフにもそこは本当にこだわれ、と伝えています。

余計な仕事を減らす

「静かにして。」一言だって仕事ですよね。極端な話、「静かにして。」を10回言わなきゃいけない先生と、1回も言わないで済む先生の授業じゃ、時間に対して知識に対してのコストパフォーマンスが変わるわけです。

A先生「静かにして。」「静かにして。」「静かにして。」「安土城を立てたのは織田信長だよ。」「静かにして。」…

B先生「安土城を立てたのは織田信長だよ。」

明らかにB先生の授業の方がシンプルでコストパフォーマンスが良いわけです。余計な情報が少ない分、生徒たちだって必要な知識が入りやすい。それにA先生が「静かにして。」って言ってる間に、B先生は秀吉の話もできるだろうし。

ま、これは細かい話だとして、基準を明確にすることによって秩序も保てますし、相当余計な業務がへることは想像に難くないですよね。

生徒に安心感を与える

たとえ私が好きだった中学生時代の先生の様に、鬼恐くてもキレる基準とか、先生が許さないことの基準が分かっていれば、生徒たちは安心するんですよね。

だって、その基準を超えさえしなければ安全なわけですから。

生徒全員が暗黙のルールをしっかり守って安全な状態で授業を受けてくれるようになる。

生徒に信頼感を与える

優しい先生の授業が安心なわけじゃないんですよ。基準もあいまいで秩序のない授業しかできない優しい先生の下じゃ、ちゃんと授業を受けたい生徒たちはいつも不安なんです。「この先生は私たちを守ってくれない…」って。だから信頼されない。

威圧感があろうと基準があいまいでどこでキレるか分からない先生は嫌われるから信頼なんかされるわけない。

怒るべき時は怒る。ふざけるべき時はふざける。基準が明確になっている人。生徒と先生の関係じゃなくたって、そういう人って魅力的じゃないですか。社会人だって、もし仮にそういう上司がいるとすれば信頼できるじゃないですか。

人間的リズム感を生み出す

感情の波がないというか、何を言ってもいつも同じというか、そういう先生ってたぶん飽きられる。

ちょっと面白い先生がいたとして、その先生の面白さが60くらいだったとしますよ。で、その先生は面白さ60をずっと使うわけです。怒らないといけない、基準を示さないといけない場面でも、何を怖がってか面白さ60を捨てずに、とってつけたかのような威圧感3くらいで勝負しようとする。ま、結局この人は、いつも面白さ60なんです。

飽きますよ、これじゃ。いつも面白さ60じゃ接しているうちに慣れてきて、いつしかそれが当たり前になる。当たり前になったら面白くもなんともないんです。ときには面白さ0、威圧感60とかの瞬間もなければ、せっかく持っている面白さ60も生かされないんです。

これは優しさ100でも一緒。超優しい、いつも優しい。そんなの結局慣れてきて、それが当たり前になるんです。で、結局言われるわけです、「あの先生、いつも同じでつまらない。いつも褒めてばっかり」って。

行動基準を明確にして、その基準を超えたときは一変するような人間にこそ、小中学生は人間的なリズムを感じ、面白さを感じてくれる。いつも60の人よりかは、あるときは100、あるときは0、その方が小中学生は集まる。