引き算の経営とは?

何でもかんでもやらない経営。

できることだけやる経営です。

私は常にこれを心がけています。

この業務とこの業務は無くても同じ結果になるんじゃないか。

そういうことは割といつも考えている。

個人塾のホームページ見ていると、割とうまく行ってなさそうなところほど、逆をやってるような気がするんです。

足し算の経営。何でもかんでもやるパターン。

中学受験、高校受験(難関~補習レベル)、大学受験…。

ここまではいいとしても、さらにパソコン教室、ロボット教室、英会話教室…。

英検対策、漢検対策、数検対策、etc…。

もう、これで生徒集めているところって大手塾か、それに匹敵するようなその市町村で一番力のある個人塾かって感じだと思うんです。

それ以外の個人塾で生徒集めてるな~ってところは、結構な割合で商品を絞ってる。

ということで、私も引き算の経営を心がけている次第です。

引き算の経営で期待されるメリット

業務量が減るんで休みが取れます。

一極集中できるんで、商品の品質が高まります。

必然的に一極に尖らないといけないんで差別化になります。

他にもたくさんあると思いますが。

じゃデメリットは何があるか?

それは例えば私みたいに公立高校受験に絞れば、中学受験や大学受験の生徒は受け入れられません。幅広いニーズには対応できないって部分は確かにデメリット。

でも、これってそんなに大きなデメリットでしょうか。

だって幅広いニーズに対応しようとしたところで、広く浅くでたいしたサービスもできないで、幅広い層から不満足の烙印押される可能性が高いじゃないですか。

資源も人員も限られる零細個人塾だったら、引き算の経営はメリットが相当大きいと私は確信しています。

今までに削ってきた仕事一覧

さて、今では引き算の経営を平気で偉そうにとなえるMr.Mですけど、開業当初はそれなりに足し算経営をしてもがいていました。

そんな私が今までに削ってきた仕事を紹介したいと思います!

サービス編

斬る

中学受験

一年以内で諦めましたね。

だって、問い合わせないんです、中学受験…。

大手塾時代は中学受験の算数・国語を担当していたんで、むしろ「片田舎で中学受験指導ができる個人塾」みたいなコンセプトを狙ってたんです。

公立高校受験一本とはかけ離れていたんですね~。

中学受験って単価を高く設定できるじゃないですか。1人3万円越えとか普通に。正直、美味いなと。ま、そんな感じの動機だったんでお客様は集まりません。やっぱね、商売って面白いもんで熱意が籠ってないとお客様に伝わっちゃうんでしょうね~。

一応、開業当初の暇な時間で四谷大塚の予習シリーズとかバンバン解いてたんですけど。二年目にすべて捨てました。

ちなみに開業から現在までで、中学受験に対する問い合わせは2件程度。で、うちの塾に通っていて途中で中学受験に切り替えて転塾していった生徒は1人。

田舎のアパート1室個人塾なんて中学受験は期待されてねぇと。ま、私がそこに熱意を見出さなかったというのが大きいでしょうけど。

今となっては中学受験は切っておいて、ホントよかった。中学受験の手間、超かかりますから。授業準備もそうですし、進路指導とか保護者対応も相当大変ですよね~。

個別指導

開業3年目くらいまではやってましたね。隙間の時間見つけて個別指導を組んでました。

これは割と需要があって、同時期に計4人くらい見ていたように思います。開業当初の売上にそこそこ貢献してくれていた部分はありますね。

ただやっぱり、個別指導も手間がかかる。公立中学生、私立一貫校中学生、高校生2人という構成だったんですけど、準備がバラバラじゃないですか。一人一人の準備に時間がかかるわけですよ。

でもってこの当時は、大手塾気質がぜんぜん残っていたので、大手塾を真似して報告書とかも丁寧に書いてましたし。(それこそ大手に対抗感むきだしで、「報告書も大手塾にできないレベルで丁寧に」みたいな感じで。ま、それはそれでお客様には喜んでもらえましたが。)

ただ、集団指導の生徒が集まり出すと気付くわけです。いくら個別の客単価が高いって言っても、1コマ6人同時に見れる集団指導には勝てないと。いや、コレ、この調子でいけば1クラス8人とか普通に集まるだろう?いや、10人は集まるか?

個別指導なんてやってる場合じゃねぇぞ!って。個別指導、金儲からねぇぞ!って。

あとは単純に個別指導のつまらなさ、ですよね。いや、コレ、個別指導にプライド持って情熱持って仕事されている方には申し訳ないのですが、私自身は個別指導って超つまらなかったんです。

正直、眠気をこらえて90分乗り切る場合も多々あった…。眠気が凄すぎて、授業の途中で自分が何をしゃべっているのか分からなくなるんですよ。授業の途中で席を立って何度顔を洗いに行ったことか。そのおかげか、私はプロ〇クティブのお世話にならなくて済んでるんですが。

個別指導って集団指導になれた講師からすると、スリルもない、充実感もない、工夫も要らない、つまり仕事の面白さを感じない仕事なんです。正直、2人だけの生徒につきっきりで指導するとなると時間を持て余す。何もしなくていい時間が相当にあるんで、ホント暇。で、眠くなる…。

個別指導に関しては開業4年目くらいで消滅しました。(消滅当時も需要はありましたが、「すいません、もうやりません。」って言いました。)

学校別クラス分け

中学校によって授業の進度や定期テストの日程が微妙に違うじゃないですか。なので、それぞれの中学校により合わせた形で、ということでA中学校はAクラス、B中学校はBクラスって形で授業日時を変えたわけです。

で、これは一年間しかやらなかったんですが、公立中学校の勉強レベルでそこまでする必要ないな、と。普通に一クラスでA、B中学校を一緒に指導してもそんなに変わらんな、と。むしろ、A、Bに分けることによって1クラスあたりの人数が少なくなるんで、盛り上がりに欠けるんです。

集団指導に慣れている先生だと分かると思うんですが、実は4,5人を教えるよりも10人以上を相手に授業をやった方が自分のテンションも上がるし、生徒たちも盛り上がって活気ある授業ができたりするんですよね。

その分、きめ細かい指導が出来なくなる?それは本当に集団指導の経験が浅ければそうでしょうけど…。ある程度経験積んでいる講師なら、公立中学の勉強レベルなら生徒10人程度まではサクサクこなせますよね。中学校がバラバラだとしても。

ま、後は売り上げの面でも足を引っ張りましたから。2クラス設定にするということは、その分、どこかの学年の何かの教科の枠が消えるわけで。いやいやいや、この中学別の2クラス設定、売上消すほどに意味あるものじゃ全然ないぞって。

生徒の出迎え・見送り

大手学習塾時代はスタッフ総出でやってました。強制です。絶対です。やらない奴は村八分だーッ!ってレベルだったんで、私の体内システムにそれはそれは深く刻み込まれていたんですよね。生徒の出迎え・見送りは外まで出てやらないと塾が潰れる、と。

ま、意味はあると思うんです。出迎え・見送りする姿を世間様に見せるってことで、周知効果もあるでしょうし、何より安全面とかでも多少の効果はありそうですし。

タダですね、一人塾長やってて生徒数が30人とかになるとだんだん難しくなるんですよね…。早く来る生徒と一番最後に来る生徒の時間差が結構あって、教室を空にする訳にも行かなくなるし。授業前って電話も来るし。

外出て生徒むかえて、教室に入って生徒の様子確認して、また、外出て生徒の出迎えをして、すでに来ていた生徒が教室から出てきて「先生、電話鳴ってま~す♪」って知らせてくれて速攻教室内に戻って…。

Mr.MMr.M

あわわわわわ…。

辛抱が足りない人間なんで、そんな経験が少しあったから、もうやめました。生徒の出迎え・見送りナシで生徒が辞めたり、生徒が集まらなくなるんなら、そもそもこの塾は潰れるだろう、と。そういうことで生徒を集める塾ではないよね?とか自分に言い聞かせて。

体験授業後のフォロー電話

問い合わせ時に連絡先をもらってたんですよね、当時は。

問い合わせシートみたいなのを書いてもらって。

で、体験授業を受けてもらった後に「授業、どうでしたか~?入ってもらえませんか~?」みたいな電話を入れていたんです。これも大手塾時代の名残です。大手塾時代のMr.Mはこのあたりはもうホント、ゴリゴリ営業人間だったんで、当然のごとくやってました。

でも、やっぱり問合せシートの連絡先欄を見て、「ここって絶対に書かないとダメですか?」って言うお客様、少なからずいたんです。軽い気持ちで問合せして、お試しの体験授業受けて、それで営業電話攻勢くるのイヤだな~って。たぶん、そういう想像してるんだと思いますが。

ふと考えたわけですよ。学習塾ってどこも問合せとか体験授業後に連絡入れるよな~。大手塾はもうバリバリ入れるよな~。俺も同じようにそれやってて勝ち目ある?って。

でもって、こうも思うわけですよ。勧誘電話一本で入塾するかどうか決めるかな~?A塾、B塾、C塾、3つの体験授業に参加して、A塾から電話がかかってきました。だからA塾に入塾します。そんな動機あるか~?仮にそんな動機で入塾するような生徒(ご家庭)なら、ちょっと厳しくしたらすぐ辞めちまうんじゃないかって。そういうお客様相手に俺はこれから先、塾経営をしたいのか?って。

いやいやいや、そうじゃねぇ~だろ?と。覚悟を持って自らこの塾に足を踏み入れてくれるお客様相手に全力ぶつけて成績上げて、周りをびっくりさせるんだろう?と。それで客集めていくんじゃないのかい、M君?って。

なら、勧誘電話は要らないでしょ?問い合わせシートも要らないでしょ?

「うちは勧誘電話しないんで、連絡先も聞きません。入塾したいなら、そちらからご連絡お願いします。」でいいでしょ?という結論。

多分ですよ、お客様から連絡がない場合、こちらから連絡したところで入塾しないでしょ?じゃ、意味ないんですよ、勧誘電話って。勧誘電話に神経使うくらいなら、勧誘電話なしでも向こうから連絡してもらえる商品開発とか商品の改善に神経使った方がいいんです。

(大手塾の場合は分からないですよ。戦略が違いますから。数打ちゃ当たる作戦使えるのが大手塾ですから。)

小学生の連絡帳

思い返すとこんなことまでやっていたなぁ~と。

小学生の保護者様はやっぱり気になりますよね。その日の授業で何をやったかって。で、授業の様子がどうだったかって。

連絡帳は保護者様とのコミュニケーションのツールにもなっていたんで、やらないよりはやった方が絶対にいい。これは今でもそう思います。(自分が親になって、子どもが幼稚園に通い始めて改めてそう思います。)

しかしですね、コレは本当に時間がかかる。で、授業が終わるまでに書かないといけないわけですから。授業の隙間でそれこそ必死こいて書かないといけないわけです。開業当初、小学生2人とかなら余裕でしたけど、4,5人とかになるともうヤバいですよね…。

で、気づくとやっつけ仕事になってるわけです、連絡帳が。書く内容も脳内テンプレートが発動して、大体パターン化していく訳です。「こんな内容で保護者の方が読んで意味ある?」的な文章が並んでいることに気づいたとき、連絡帳を辞めました。

だったら、授業に100%力を注ぎ込んだ方が絶対にいい。お客様にもその方が絶対にいい、と。

「授業に100%集中したいので連絡帳は辞めます。」ってハッキリ保護者様に伝えたら、「あ、そうですか。」ってかなりあっさり返答をいただいたんで、「あ、いいんだ。」みたいに感じたのを覚えてます。

連絡帳の代わりにパソコンで報告書作成できるサービスもあるようですけど、結局テンプレート作戦とるわけでしょ?今日はこの文章をポチっと、みたいに。そんなやっつけ感満載の業務をやるくらいなら、いっそのことやらなきゃいいのに、とも思ったり。

テスト対策講座

定期テスト前の土日にイベント的にやるヤツですね。

予想問題なんか配ってやらせて、で、解説授業みたいな。

友達連れて来ていいからね~、というヤツ。

たしかに友達連れてくることあるんです。

でも割と入塾にはつながらない。動機が軽いんですよね。

無料だし、友達に誘われたし、暇だから行こうかな、くらいで。

ま、それでも塾に足を運んでくれるだけ、開業当初とかは意味あったのかな~とは思うんですけど、やっぱりね、生徒の成績にこだわるんだったら定期テスト直前の土日にイベントやってる場合じゃねぇぞ、と。

「もし、よかったらテスト終わった後にこの塾通ってね~♪」なんて作り笑顔で体験生に媚び売ってる場合じゃないんです。

直前の土日なんて「オラァァァ、一点でも多く稼ぎ出せぇぇぇ!ペンを止めるな、頭を使え!丸暗記でも何でもいいから、とにかく覚えろぉぉぉ!」って生徒たちを追い込まないと。その結果でこそ飯が食えるんだということに思いが至ってからは、テスト対策講座は消え去りました…。

指導編

斬れません

もう少し細かい部分で、指導方法というか授業スタイルというか。そういうところでも辞めたことがいくつかあります。

社会の授業

Mr.M塾の授業枠の中で理社をやるとなると、圧倒的に理科の時間が足りなくなるわけです。で、授業として理科、社会どっちがニーズがあるかって言うとやっぱり理科。

理科のオームの法則だの、磁界の考え方だの、化学反応式だの、テクニックが必要なものについては解説が必要です。一方で社会はたしかに語呂合わせとか、歴史の流れとか、裏の知識とか、授業ができればより理解が深まる部分はあると思うんですけど、最悪暗記のゴリ押しで何とかなる部分はあります。

実際、私の塾では授業は理科一本、社会についてはテスト前に各自暗記せよ、というスタイルに変えてからも、社会の点数が落ちたということがないんですね。結果が全てなんでこれで良かったんだろうな、と。

英語の暗唱

コレは本当はやったほうがいいとは思います。やっぱりカタカナ英語でも読めないと英語を覚えることってできないですからね。ローマ字レベルから読めない生徒って本当に単語の暗記ができませんから。

以前は授業中に暗唱のテストまでやっていたんですけど、コレ、圧倒的に時間がかかる。で、結構にぎやかになったり盛り上がるんで、やらない奴はその騒ぎに紛れて適当に覚えるふりしてたり。で、そういうヤツが出来るようになるまで待っていると、授業が先に進まない。

英文を書けるくらいまで暗記できてる生徒は当然読みもできたりする訳で、わざわざ暗唱をテストする必要はないのかな、と。要はカタカナレベルでも読めない生徒が問題なんで、そういう生徒だけピックアップして教科書読みの補習入れちゃえば授業時間も潰すこともないとの結論。

自作のオリジナル講習テキスト

以前はネットで全国の公立高校入試を調べて、難易度ごとに問題をピックアップして国語以外の4教科は自作のオリジナル講習教材を作っていたんです。

もちろん、入試問題からピックアップしてるんで、やらせる意味はあるんですけど、作成するのに超時間がかかる。それこそ塾講師得意の明るくなるまで、ってヤツです。

で、明るくなるまで作成作業していると、何かへんに充実感あるんですよね~。

仕事やったぞーッ!って…。

あ、これダメだなって。時間、すげ~浪費してるなって。楽しいんですけど、自分の仕事のコストパフォーマンス的には完全アウトだなと。タダの自己満作業という結論。

ということで、”過去問サーチ”が登場するわけで、これを導入してからは自作の講習教材は駆逐されました。

理科の複雑な図をノートにかかせる

モーターの図とか以前は生徒に描かせてたんです。コイルの右手の法則とか。

描かせると分かりますけど、ものすごい時間がかかる。下手くそな生徒はまだいい。むしろ、上手に描こうとする美術部系の女子が厄介。ここぞとばかりに「自分のストロングポイント来たッ!」みたいになっちゃうんで、異様にこだわりを見せて描き始める。でもってそういう女子って真面目で静かで、「早くしろぃ!適当でいいんだよッ!適当でッ!」とか言いにくいタイプの生徒じゃないですか。(今の私はそれでも普通に言えますけど、当時の若きM青年はやっぱり気を遣って「もう少し速く書けるかな?」なんて優しかったのであります。優しかったから、結局生徒も速く描かないのであります。)

授業が進まないんですよね…。モーターの図なんか立体的なところがポイントになるんで、サイコロもまともに描けない生徒からすると地獄なんです。何度やっても遠近感が上手く表現できないという。結局時間をかけても、NとSが上下に書いてあって、その間に伸び切った素麺が浮かんでいるという地獄絵図が完成するだけ。

これについてはテキストの図をコピーしてノートに貼らせるというスタイルに変わりました。ブログ読者の情報によると、育伸社のメンバーズサイトのiワーク理科にこのような図が用意されているということです。

国語の音読(中学生)

これも国語が苦手な生徒には意味があると思うんです。国語が出来ない生徒って言うのは、まず読めないって部分が大きいので。読めない、だから読まない。そして考えない。この構図。

ただし、コレも時間がかかりますよね。とくに上位の生徒にとっては相当に暇な時間になること間違いなし。上位の生徒たちって、普通に初見で読むくらい当たり前にできますから。

徐々に上位生が入塾してくれるようになっている状況で、音読に時間をかけるスタイルはどうなのかなって。英語の暗唱と同じです。

結局ここも読めない生徒のピックアップで対応。国語の成績が著しく悪い生徒をピックアップして、アルバイトの学生に音読を管理してもらうという形。

クラス分けを3クラスとかにできればね…。一番下のクラスは国語の音読、英語の暗唱をガンガンやらせるって、かなり意味あると思うんですけど。ま、このあたりがクラス分けを細かくできない個人塾の弱いところです…。

学校ごとにカスタマイズした模擬テスト

以前は学校ごと学年ごとの定期テストの範囲に合わせて、模擬テストをカスタマイズしていたんです。

たとえばA中学校二年生の二学期期末テストの社会の範囲に合致した模擬テストを作るために、大問1は去年のA中学の二学期期末テストから、大問2は2年前のB中学の二学期中間テストから…という感じで。

これ、相当時間かかるんです。相当時間かけて作るんですけど、テスト直前に「先生、テスト範囲が変更になって、この部分がなくなりました~。」って報告受けるんです。もうね、憎悪というかね、怒りというかね、そういう負の感情が沸き起こって来て終いには悟りを開くと言うかね…。

Mr.MMr.M

やり切れん…。

ということで、辞めました。今は単純に過去問をそのまま渡して「自分のテスト範囲に必要なところだけやりなさい。」という形で対応しています。中~上位生は十分にこれで対応できるんですよね。

カスタイズの模擬テストはむしろ下位生に有難いんですけど、下位生は今度は逆に模擬テストなんかやってる場合じゃなくて、教科書準拠教材についている小テストとかやらせた方がペンも動くし、意味があるという…。

プリント穴埋め式授業

学校の先生でもたまにいますよね。プリント用意してくれて、重要語句とかが( )になってて穴埋めしていく授業形式。

これは本当に辞めた方がいい。たしかに時間の短縮になりますけど、生徒は超暇になります。もうね、話聞くポイントが分かってるわけです。( )のところだけ聞いていればいいわけです。集中しなくなります。( )の部分をこっちが言うのを待っているだけ。

この形式の授業に関しては、私の相棒が私の授業を見ていて指摘してくれたんです。「M先生の穴埋め授業、クソつまらないんで辞めた方がいいですよ。」って。(実際はもっとオブラートに包んで言ってくれました、彼は温厚な人間なんで。もし逆の立場だったら、私はこう言ったでしょうけど。)

たしかに穴埋め授業のときって、生徒はずっと下を向いているし、全然盛り上がらない感じだったんです。それでも、結果が出ればいいんですけど、小テストやっても結構しょぼい点数しか出なくて。

普通に板書を全部写させる方が、明らかに結果も良かったんで穴埋め授業は辞めました。

薄い講習テキストの使用

もうずいぶん長いこと使ってないんで、今のテキストは分からないんですが講習用の教材ってメチャクチャ薄いですよね?市の広報くらいの厚さじゃないですか?

あれだと私の塾の講習内容に全然足りない。短期間ですけど使っていた時期も、結局ネットから補足のプリント出したり、自分で作ったり。なんか講習教材のページ数の2倍とか、そうやって自分で作ってたりしてたんで、「あれれ?これ、講習教材要らなくね?」って話になり…。

受験生に対しては圧倒的に分量が足りないですし、一、二年生は講習期間に予習をやるんで要らないですし。

購入する必要性が全くなくなったんです。もう何年も買ってません。

英語の教科書の穴抜き暗記

英語の教科書暗記については今でもやらせているんですが、今は全文暗記です。

以前は教科書の重要語句とか、文法で大事になる部分を穴抜きにして覚えさせたんですけど、その穴抜き部分が学校の定期テストにヒットしないと点を落とすという事態が稀に発生したりして。

だったら全文覚えちゃえば安心でしょ?ということで穴抜き暗記は辞めました。

ただし、ここについては英語の力が不足していて、全文暗記はとてもじゃないけどできない層に関しては復活させようと考えています。

英語のI am~.の指導

英語の教材見ると、決まって最初は「I am~.の文」「This is~.の文」「He is~.の文」って来ますよね?コレは本当に呪い級で不味い指導構成だと個人的には確信しています。

私は絶対にこれでは教えません。これで教わった生徒たちは、平気でI am play tennis.とかやるわけです。Are you play tennis?なんて英文、これまでの人生で何回拝んできたか…。

中2後半から中3くらいで入塾してくる生徒がAre you play tennis?とか書いてくると、心の中で叫びますよね、「ブルータス、お前もかッ!」って…。

私は新中学1年生に対しても、まずbe動詞の文と一般動詞の文はほぼ同時に教えます。英語が苦手な生徒のほとんどがbe動詞と一般動詞の区別ができないことにあるように思うのは私だけでしょうか?むしろ、be動詞と一般動詞の区別がスッと入っちゃう生徒って、その後もスススス―って英語ができるようになると思うんです。

I am~の文、なんて教わったら当然の如く「Iの後ろは必ずamが来る。」ってなっちゃいますよね。で、英語ができない生徒が出来上がっていくという…。

正負の数の教科書的解説

数学の教科書の正負の数の加法・減法の解説。あの悪魔的解説って生徒たちをイジメるためにあるのでしょうか?

「同じ符号の場合は絶対値を足してその符号をつける。」

「違う符号の場合は絶対値の大きいほうから小さいほうを引いて絶対値の大きい方の符号をつける。」

という説明。

ココで聞きたい。

この言葉だけを聞いて理解できる人、手~あげて~。

大宮駅で聞きたい。

どれだけの人数のサラリーマンが「なるほどぉ。」と言うであろうか。

どれだけの人数の子供連れのママさんたちが「さすがぁ。」と言うであろうか。

私の妻が聞いたら「えっ?なになに?旧ソ連のスパイの暗号?」とか言うはず。

ま、冗談はこのくらいにしますけど、いや~、分かりにくいですよ。この解説は。

むしろ、塾講師でこの方法で教えている人の方が珍しいと思いますけど…。

普通にかっこの外し方のルール教えて、正の数と負の数をグループ分けしてぶつけるイメージを教えてしまえば、かなり多くの生徒がかなり短時間で分かってくれる部分だと思うんですが…。

分からんのですが、この「絶対値云々」の教え方に学問的規約が何かあるんでしょうか?もしくは国家的陰謀が隠されているんでしょうか?う~ん…。

「今日は不定詞の名詞的用法、今日は現在完了の完了用法」的指導

不定詞の名詞的用法をがーっと徹底的に仕込みました。

で、次の授業で今度は不定詞の副詞的用法をがっちり、で、その次は形容詞的用法をがっちり。

さあ、不定詞の三用法の確認をするぞー!

もうメチャクチャ…。全然使い分けができてない…。

という現象、ありません?

これ、現在完了もそうですけど、ルール分けが肝になる勉強において、各ルールを順にガチガチに固めていく指導って効果がどれだけあるのかな、と。

一つ一つのルールをがっちり時間を固めていく指導よりも、ルールをとりあえず全部教えて「ルール分け」の学習に時間を取った方がいいと思うんです。

この場合はAのルールを使う。この場合はBのルールを使う。そういう頭の使い方を鍛えさせる訓練。

私は不定詞にしても、現在完了にしても、全ての用法の解説を一日で必ず終わりにします。で、次の日からはその3用法の区別をひたすら演習させます。

要は「ABCの解説、ABCの演習、ABCの演習」という指導。

「Aの解説Aの演習Aの演習、Bの解説Bの演習Bの演習、Cの解説Cの演習Cの演習」という指導はしないということ。

だってAAA、BBB、CCCってそれぞれの日の授業で完璧になったって、テストじゃABCってランダムに出されるわけじゃないですか。「区別」が分かってなければアウトですよね。

「乗法公式、因数分解の今日は公式①をやります。」的指導

コレもさっきの英語と同じです。

公式①が分かりました、公式②も分かりました、公式③も分かりました。

じゃあ、この式は公式何番を使うでしょうか?

えっ?何番だろう…。

乗法公式、因数分解も肝はどういうパターンの式にどういう公式を当てはめるのか、にあるわけです。

一日一日、単発の公式をガチガチに固めていってもあまり意味がない。

すべての公式をサラッとでもとりあえず全部教えて、ひたすら公式の「区別」を演習する。それに尽きるかと。

だから私の塾では公式①を教えた後に、その下にある公式①を使う演習なんかやらせないんです。これは公式①を使う問題ですよ~、だから公式①を使ってくださいね~、はい、正しく使えました~パチパチパチ。じゃ意味ないですから。

①②③を通しで解説して、ランダムに混ざった計算問題を生徒に渡して計算を始める前にどの公式を使うのか番号をふる練習をまずさせます。最初は公式を正しく使うよりも、公式を正しく判別させることの方が意味があると。判別さえできれば、公式を正しく使うことはそんなに難しいことではないと。

テスト勉強のノートまとめ

以前は生徒全員に五教科分のノートを渡し、定期テスト範囲のノートまとめを課していました。

で、気づいたことが…。

コレ、下位層には意味がない。

下位層って頭を使うことが大嫌いな子が多く、ノートまとめ的な自己完結で終わる学習って作業に終わることが多いんです。やたらレイアウトにこだわったり、字をきれいに書いたり。

でもってそういうことばっかに頭を使って肝心の内容はサッパリ覚えてないという…。

キレイなノートが出来上がって大満足!みたいな…。

下位生は基本、問題をバシバシやらせて丸付けして直しをバシバシさせて、ひたすら再テストを繰り返させる方が成績が上がると気付くわけです。要は、こちら側とのコミュニケーションを増やさないといけないと。ノートまとめのように一人の世界に閉じ込めさせておくと、ペンは動けど全く頭は働いていないと…。

肝心の意味がありそうな中~上位層は、こちらがノートを与えて支持しなくても、きっちり自分で考えて「ノートまとめするときはするし、しないときはしない」みたいに考えてくれるわけです。

ということでノートまとめを強制するのは辞めました。(むしろ今は、「ノートまとめ何かするな!」ということの方が多いです、下位生に向けてですが。)

小学生テキストの使用

小学生用の『標準新演習(EN)』の算数・国語を使って以前は小学生授業を行っていたのです。

でも、コレ、あんまり中学校の定期テストにつながらないな~と。

どうせだったら、ガンガン中学校の予習をやらせた方が、中学生になったときの結果が出るんじゃないか、と。

なので、小学生の『標準新演習』は手放して、国語は中1の教科書を音読、中1の教科書内容のプリント中1の漢字テスト、で算数は計算だけガンガン進めて負の計算とか先取りしてしまう。

なので、テキストは不要となったわけです。中1の国語の教科書を貸せばいいし、国語プリントはコピーするし、計算プリントはネットに落ちてるし…。

で、これに切り替えてから目に見えて中学生になってからの成績が上がっているという結果。

小学生の教材費も0にすることができるんで、お客様にとっても我々にとっても『標準新演習』を手放したことのメリットは相当に大きかったですね~。

(注:『標準新演習』が悪いテキストだということではなく、Mr.M塾では運用しきれなかったということです。)

中学生の学校準拠以外のテキストの使用

実は小学部だけでなく、中学部も以前は『標準新演習』を使っていたんです。

授業は『標準新演習』を使い、テスト前に学校準拠教材の『ワーク(EN)』を使うというよくあるパターン。

でも、これもあるときふと思うわけです。

「うちは公立高校狙いだよな?てことは、中1、中2は定期テストがもろに大事なわけだ。じゃ普段の授業からもろに定期テストに近い授業を展開した方が良くない?ってことは、普段から学校準拠教材使った方が良くない?そもそも『標準新演習』と『ワーク』を隅々まで使いこなせている生徒なんてほぼいないんだし…。だったら『ワーク』一本をみっちりやらせた方が良くない?」

結果、普段の授業も教科書準拠教材にしたところ、やっぱり定期テストの点数は伸びましたよね。(今は教科によって『ワーク(EN)』と『iワーク(育伸社)』を使い分けていますが。どちらにしても教科書準拠教材です。)

それに教材を減らしたことで、お客様に対する教材費を下げることもできましたし。結果が出るのであれば、不要な教材はガンガン減らした方がいいと思うんですよね。

仕事を削り続けた結果…

当然ですけど、休みは増えました。

それはこのブログで提唱している大事な部分ではありますが、年間110日は休んでいます。

(当然、スタッフの正社員はそれ以上の休日をとっています。)

で、生徒は増えています。

休みが増えて生徒が増えてるんですから、当然、仕事も以前よりも楽しいです。

生徒の成績も、全体的に年々高くなってきていますし。

仕事を削ったことのデメリットを感じることは、ハッキリないです。

むしろ足し算経営をしていたら…、と思うとゾッとします。

今回の記事、「削る、削る」という引き算経営の話をしながら、記事自体は全然削れずにとんでもなく長い記事となりました…。

Mr.MMr.M

全て読んでいただいた方、心から感謝申し上げます!

ダメなヒトダメなヒト

(すやすや・・・)