厳しくても「どうにかなる」なら生徒は甘える。

塾経営は厳しい。

このブログで提唱している3本柱。

公立高校受験専門

集団指導

そして、厳しい塾

今回の記事はその中の「厳しい塾」にスポットを。

皆さん、厳しい塾ってどういう塾を思い浮かべますか?

怖いパンチパーマの先生が、オラオラ言ってる姿?

それとも、上位生たちがしのぎを削って勉強ばかりをやっている姿?

どちらも確かに「厳しい」とは言うのかもしれません。

でもね、そんな厳しさがあったとしても、「厳しさ」が生徒たちに全く通用しないケースもあると思うんです。

たとえばパンチパーマの先生にオラつかれても、その場は反省してるフリしてやっぱりサボる。

上位生たちは勉強に打ち込んでいるけれど、抜け道見つけたそれ以外の生徒たちは案外ぬるい環境で過ごしている。

そう抜け道です。生徒たちが「このくらいでいいや。」とか「ま、どうにかなるでしょ。」的な抜け道を探し出した瞬間、「厳しさ」なんて木っ端みじん。形だけの厳しさに落ちていく…。

「あの塾は厳しいよ。」この評判を確立するため、そして、厳しいからこそ勉強を必死にやらなくちゃ、生徒たちを追い立てるため。本当の「厳しさ」を守り続けるために必要な切り札があるんです。これが使えない塾は、本当の意味で厳しくできない…。

それは退塾勧告。断固たる退塾勧告。

サボったり、ふざけた態度をとったり、授業中にスマホを使ったり、一線を越えたときに謝っても許されないことがあること。

それによって生徒たちはこちらが設定した一線をきっちり守ってくれるわけです。

退塾勧告を阻む2つの障壁

悩み

退塾勧告に関しては実録を含め、何度か記事にしてきてるんで、ホント繰り返しみたいな内容になっちゃいますけど…。

退塾勧告、案外これを断行できる塾講師って少ないのかなって。じゃ、なぜにそれができないか。2つの要因があるんでは?

心理的障壁と金銭的障壁。それぞれについて考えてみます。

心理的障壁

単純に「辞めてください。」って、他人に言えないって気持ち。

嫌われたくない、怒られたくない…

分かります。それはたぶん、誰にでもある。

ダメなヒトダメなヒト

えっ?君にもあるの?君、そういうこと全く気にしなそうじゃん。

Mr.MMr.M

あります!全然あります!今でもガンガンありますよ?

それは退塾勧告どころか、日々生徒と接する中で生徒を叱るときにでさえ、そういう心理と戦ってます。

他人からの評価が「優しい」とか「穏やか」とか、そういう感じの人はホントこの部分の心理的障壁がベルリンの壁級に立ちはだかっているでしょうね。

冷徹ロボット人間という評価を生徒たちから受けているMr.Mでさえ、心理的障壁があるんですから…。

金銭的障壁

退塾させることによって売上が確実に減る…。

ホント、創業期とか経営に苦しんでいる状況だと痛いですよね~。

目の前の2万円が喉から手が出るほど欲しいときもありますから。

しかも退塾勧告を発動させたい相手が複数人のグループだと、下手したら月10万円の損失になったり…。

それを回避するために、そのグループの中でもリーダー的存在だけピックアップして辞めさせるとか、下手な策を弄したら、それはそれで変な評判立って芋づる式で大量に生徒が辞めそうですし…。

(ま、厳しいという評判が浸透していれば、グループで厄介、ってパターンはほぼないですけど。そんなグループでつるんで塾に迷惑かけたら、即行で辞めさせられること、生徒たちも分かってますから。)

退塾勧告を断固行うための秘策とは?

クビ

実は私だって最近までは退塾勧告をバシッと出せなかったんですよ?ホント、ウジウジ「どうしよう、どうしよう…。」って悩みまくってたんですよ。そんなMr.Mが退塾勧告を断行できるなった理由、というか秘訣というか。参考になるかどうかは微妙ですけど…。

心理的障壁をなくすために…

ま、世の中、自分のことなど誰も気にしてないって思うことにしています。

自分は本気で嫌いになられたり、本気で怒られたりするほどに他人に関心を持たれていない、って。

生徒に陰口叩かれることを本日の株価レベルで気にする先生いるじゃないですか。

スゲーじゃないですか、それ。陰口叩かれるってことは自分に興味があるってことですよ?

私なんか、たぶん陰口すら叩かれてない。生徒たちは忙しいんで、私の陰口叩く時間があるならyoutube見てるんじゃないですかね。友達とLINEやってるんじゃないですかね。

退塾勧告出したら保護者に文句言われる?怒られる?

もうそれは仕方ないですよ。でも考えてもみてください。自分の子どもが悪いから退塾勧告出てるのに、それに対して怒る人ってどうですか?ちょっとヤバいですよね…。

そんなヤバい人とあと少しでバイバイできるんです!電話口で向こうは怒ってます。でも、その怒りもあと数分ですよ。あと数分、「はい、はい…、そうですね。う~ん、なるほど…。おっしゃる通りです。」って聞いてれば、相手の怒りも収まるでしょう。

お客様は神様ですけど、理不尽な怒りをぶつけてくる人と今後もお付き合いする必要なんかないんです。そんなことやってたら、塾潰れますから。

会社員時代に鋼の心を持った人間と言われたMr.Mでさえ、他人から怒られるのはイヤです。穏やかな人だともっとストレスたまるかもしれません。でも、怒られたって命取られるわけでなし、塾潰されるわけでなし。

ま、私も言われたことありますけど…。「この塾の先生はこんな奴なんだって言いふらすぞッ!」って。私の場合は怒りのスイッチがゆるゆるで、それこそトイレのスイッチレベルで頻繁に入っちゃうんで「どうぞ、言いふらしてください。」って言っちゃいましたけど…。

でもね、怒ってる人だってね、実際は言いふらさないですよ。恥ずかしいじゃないですか、自分の子どもが悪いんだから。感情的になっちゃってるだけ。でもってお客様って立場で、こちらを屈服させたいだけ。こっちが断固たる覚悟を持ってることを知れば、案外引き下がるケースも多いかと。

仮に言いふらされたって、自分自身が正しいことをやっているのであれば、世間は自分を見捨てない。世間様はしっかり見てます。ちゃんとした保護者、ちゃんとした生徒たちはちゃんとした先生をしっかり評価してくれますよ。

あとは自分自身に自信がない人は、心理的障壁が大きいかもしれませんね。

自分自身を追い込んだ記憶のない人とか、自分自身に甘い人とか。人を怒る前に、自分自身を怒ったことがない人。

そういう人は何でもいいんで自分を追い込んで、世間で言われるところの上位4分の1以上に入るような経験を積むことです。

たとえばマラソン。ハーフマラソンを1時間40分程度で走り切れれば、十分に上位4分の1に入るんじゃないでしょうか。

ブログもそう。1日のpv数が50もあれば上位20%に入るという情報もあります。1日あたりpv50以上のブログを運営する。

子育てだって自信を持つ要素の一つです。結婚している人の中で、子どもを3人育てている人は2010年時点で2割もいません。これを上位というのは表現上、語弊がありますけど、20%という少数派で3人も育てて頑張っているというのは自信になるのでは?(さらに未婚の人も多いですから、世間的に見たら超少数派の可能性もありますよね。)

コレ、ポイントは誰に言っても「凄いね!」って言われるようなことが良い。やっぱり人って他人に評価されてこそ、自信を持つところがある。自分しか知らないようなニッチな分野で追い込んでも、「お、おぉ…、そ、そうか…す、すごいんじゃない?」って反応だと自信持てないじゃないですか。

嫌われてもよし、怒られてもよし。そう思えるくらい自分自身を確立すること。そのために他人から評価される分野で上位4分の1に入ることです。上位4分の1くらいなら、多少の追い込みで十分達成できるはずですよ?

金銭的障壁をなくすために…

ここはね、生徒集めるしかないです。

理想はキャンセル待ちですよね。

今、私が退塾勧告を断行できる一番の理由はココです。

キャンセル待ちが出ているんで、退塾させても生徒が入ってくれるという状況が作り出せているから。

ただ、そういう状況に持ち込むためにも、塾のサービスの品質を上げる必要になるんで、キャンセル待ちになる以前から厳しさのための退塾勧告はやっぱり断行していかなきゃいけないのですが…。

退塾勧告をバシッと行うためにもキャンセル待ち状態にしたい。

キャンセル待ち状態にするためには生徒を集めないといけない。

生徒が集まるような評判のいい塾にしないといけない。

評判の良い塾とは成績の上がる塾だ。

成績を上げるためには退塾勧告も辞さない厳しい塾でなければいけない。

まさに「鶏が先か、卵が先か」の議論です…。

金銭的障壁をなくすためには金銭的障壁があるうちから断腸の思いで退塾勧告するしかないってことですね…。(私もこの時期がホント悩みましたし、辛かった…。でも、結局、退塾勧告しなくても辞めるんだな~、そういう生徒は。しかも、友達引き連れて…。)

どうにも許されない厳しさがあるからこそ守る

覚悟

2007年(平成19年)に飲酒運転が厳罰化されましたよね。

それによってどれだけ効果があったのか?

警視庁の統計によると、飲酒運転による事故件数は平成19年は7562件。毎年その件数は減り続け、平成29年は3582件となっています。

半分以上減ってるんです!

厳罰化とかの議論になると色々言う人、いるじゃないですか。

「罰を与えても何も改善しない。」的なこと。

この数値見たら平気でそういうこと、言えないような気がするんですよね。だって目に見えて減ってるじゃないですか?

当たり前ですけど、事故件数が減ってるってことは、それによって命を落とす人の数だって減ってるわけです(飲酒による死亡事故平成19年434件⇒平成29年204件)。そういう事実があるのに、「罰を与えても何も改善しない」なんてこと言えるんですかね?

「許されない」ってことは、口だけじゃダメなんです。人間、他人に言われただけで自分自身を律することなんてなかなかできない。やっぱり、ダメと言われていることをやったときに、それなりのペナルティがなければ守れないこともある。

もちろん、罰がなくても守れるようにするのが理想ではありますよ?でも、理想だけじゃ生きていけないし、塾経営だってできないって話。

ちなみに今週一週間、私の塾では春期講習期間の日程のため、中学2年生の授業は一切ありませんでした。にもかかわらず5名の生徒が毎日塾に来て3時間の自習を課されていました。その5名、定期テストの五教科合計は300点を下回ります。いや、200点を下回る生徒も2名ほど…。

普通来ないでしょ、自習になんか。しかも毎日3時間ですよ?このくらいの成績の生徒たちって。サボり癖あるし、怠け癖あるし。

でも、私の塾ではこのレベルの生徒たちも自習に来るんです。自習に来させられるんです。それは来ないと許されないから。来なかったら塾を辞めさせられるという罰が待っているから。

将来の夢を持ってその夢のために頑張ろうよ、そんな理想論で解決できるような問題じゃないんですよね。それは人の命は尊いから飲酒運転はダメだよ、と言われ続けても飲酒運転を辞めなかった大人社会と一緒。

飲酒運転なんて、大きな話と比較しちゃいましたけど、私は根本は一緒だって思います。酒を飲みたいという人間の欲望を抑えつけるために罰金や懲役があるように、サボりたいとか遊びたいとか、そういう欲望を抑えつけるために退塾がある。

だから「ちょっとくらい良いじゃない?」はないですよ。飲酒運転にだって「ちょっとくらい」はないですよね?「ちょっと」も飲酒は飲酒。「ちょっと」もサボりはサボり。許されない。きっちり罰は受けてもらう。

そういうことが常識として浸透していくことで、当たり前のように「厳しさ」が保たれていくんだと。で、「厳しさ」が当たり前になれば、それはもう厳しいとも感じないんです。

飲酒運転だって当初は厳しいって感じた人も、今はもう当たり前じゃないですか?そりゃ、そのくらいの罰はあっても当然だよね。ってほとんどの人が思ってるでしょ。