「将来の夢を持つ=勉強をする」という無駄な希望

夢・希望

私も大手塾勤務のときにこういうこと言ってましたね、平気で。

ま、その塾のマニュアルであるんですよ、生徒に将来の夢を書かせてそれを逆算して勉強に結び付けていくってヤツが。

うだうだ生徒と話すわけですよね。

「え~、私将来の夢なんてないよぉ~。」

「じゃあ好きなことって何かな?」

「え~と、友達と話すことかな?」

「じゃあ他人と関わる仕事がいいよね?学校の先生とか、幼稚園の先生とかはどう?」

「え、無理でしょ。私頭悪いし…。」

「だから、今から勉強しようよ!」

「…うん、分かった!」

Mr.MMr.M

ダメなヒトダメなヒト

無い無い。

ま、3年も塾講師してれば十分理解できますよね?この会話の流れの薄っぺらいCM感。

「まず、無いっスよ!こんな展開♪」って99%の塾講師が突っ込むことでしょう。

それなのに、なぜか未だに保護者面談とかで言ってません?

「うちの子、勉強ぜんぜんしないんです。」

「将来の夢とか志望校が決まれば、勉強する気になりますよ。話をしてみますね。」的な言葉。

Mr.MMr.M

無駄だって…。

言ってて自分でも思いませんか?あぁ、空しい生徒面談始まるな~って。形だけの生徒面談始まるな~っって。

・そもそも他人から言われたくらいで将来の夢が持てるかって話。

まずね、第一弾に他人から言われたくらいで将来の夢、持てますか?

遡ること20数年前、中学生のMr.M少年。学校の先生、習い事のコーチ、家族、親戚、周りの人たち、色んな人から言われましたよ。

「Mは〇〇だから、〇〇になればいいんじゃない?」って。

幸いにして高校生くらいまでは、その檻の中では勉強にしろ、運動にしろ、そこそこできる方だったM少年ですから、周りもいろいろ気にかけてくれたんですよね。

でね、周りに言われたことで自分が目指したものって何一つないんですよ。というかね、言われた内容すら覚えていない。ま、私は小中生のときからひねくれ者だったんで、「何でアナタにそんなこと言われなきゃならないんだ。」って思ってたのかもしれないんですけど。

少なくともね、「塾講師になれ。」「塾を経営しなさい。」なんて言われたことは一回もないですよ。「自分の塾を持つ。」なんて夢というか、計画というか。そんなの大学生になって塾講師のアルバイトをし始めて初めて思ったこと。

それこそ今の時代、スマホ眺めれば情報が山ほど溢れているんです。そんな五万とある情報に触れている日常生活しておいて夢を持てない少年少女が、誰かに声をかけられたくらいで夢を持つなんて幻想、空しいだけ。

・その夢叶えるために「勉強」が必要なのかって話。

あとはね、「将来の夢⇒勉強」ルートの空しさって、今の時代、ホントね、考えた方がいいです。とくにね、塾講師が語る教科的な「勉強」ってことで語るなら。

将来の夢が、YouTuberだったら?将来の夢がeスポーツの選手だったら?

自分たちが後生大事に抱えている「勉強」の価値観って、通用しないんです。もちろんね、YouTuberとかeスポーツ選手にも勉強は必要でしょう。でもね、それは我々が想定している「勉強」とは別の世界の勉強かもしれないんですよ?

「先生、俺は将来YouTuberになりたいんだ。本気でなりたいんだ。そのために今やってる因数分解って何か役に立つの?」って言われるとするじゃないですか。

「将来の夢⇒勉強」ルートの理論を伝家の宝刀みたいに使っている先生って、どう答えるんでしょうか?「ムムムムム…。」ってなりません?それとも言うんですか?「YouTuberって成功する確率、かなり低いから辞めた方がいいよ。」って。確率論うんぬんで若者の夢を否定するヤツに将来の夢を語る資格、それこそないですよね?

「eスポーツで稼げる人って少ないから、ダメだった場合も考えて勉強はしっかりしておいた方がいいよ。」って?保険のための勉強って?つまらん奴って思われますよ、古い奴って思われますよ。で、結局、つまらん、古くさい人間の話は、新しい時代の新しい考えを持つ人たちは聞かないわけです。

先生「将来の夢を考えたらどうかな?」

生徒「は、はあ…。(うるせ~な、何でお前に言わなきゃいけないんだよ。どうせ、ウダウダつまらんこと言って否定するだけだろ?)」

みたいな。

伝統的な「将来の夢を叶えるために勉強をする。」みたいな考え方は価値観として崩壊しつつあるのかなって。どんな将来を描くにしても、勉強は必要だと思いますけど、それは我々の領域の「勉強」じゃない場合も多いわけで。

それこそ、今の世の中、「親から言われて、先生から言われて『勉強』してきて進学校にも行ったし、一流大学にも行ったのに。現状、フリーターだし、結婚できないし。こんなはずじゃなかったのに…。」って人だってたくさんいますよね?

現実はね、そんなもんなんです。他人を動かすための理論として、「将来の夢を持つ=勉強する」って、もはや閉店セールで90%OFFで売りに出されている服レベルで誰も必要としていない話かもしれませんよ?

たかが塾講師、「将来の夢」からの逆算なんてする立場にない

塾講師ウソつかない

色んな記事で書いてきていますけど、別に塾講師って聖職でも何でもないんですから。本来的は社会に必要のない存在ですよ。学校教育がバチッと機能してれば、われわれの存在なんか木っ端みじんなわけですから。

塾講師とか塾経営って資格も全く必要ないですし。誰でも参入できるんですよね、この業界は。

そういうこと考えたら、自分の立場なんてせいぜい必要悪。私はそう思ってる。「先生」なんて呼ばれていい気になってる場合じゃない。だって「先生」って呼ばれたからって、その瞬間、自分が何か高尚な人格になって、人々を幸せな道に導ける力を手に入れたわけじゃないでしょ。

徹頭徹尾、自分のこと、見つめるとね。ぜんぜん、他人様に対して将来の夢、語れるほど優れた人間じゃないのが、ありありと分かる。ブログで誰かの批判して、ちょっと疲れていれば家事をさぼって、イライラしてれば話し方が変わって、酒が入れば寝る前だっていうのにポテトチップス食って…。

そういうこと考えれば、他人様の将来の夢についてあれこれ言えないわけです。自分がしょぼいのに若者に夢を語るなんて恥ずかしいじゃないですか。

・憧れの職業ランキングを見れば分かる、自分たちの立場。

ま、私が何か言うよりも、憧れの職業ランキング見れば分かります。われわれ塾講師が夢を語ることの空しさってやつが。

将来なりたい職業ランキング

入ってないわけですよ、ランキングトップ10に全然。

かろうじて女子の9位に「教師」が入ってる?いや、それは普通に考えて学校の先生です…。

なりたい職業の人でもない人から将来の夢持ってって言われてもね…。

・採用活動すればホントよく分かる、自分たちの立場。

採用活動してみたら、いかに個人塾経営ってのが大したことないのか、よく分かる。

正社員募集したら、なおのこと。現実をまざまざと見せつけられる。

ま、私の人徳が薄いからかもしれませんけど、卒業生でさえ正社員にはなりたくないんですから。

学習塾という業界、そしてこの零細企業…。

冷静にね、他人からの評価が分かると、ホント、「偉そうなことなんて言えねぇ~な」って。「語れねぇ~な」って。「そんなこと語ってる場合じゃねぇ~な」って。

「努力しろ」って。まず、初めに、何か語る前に、「己自身が努力して何かを成し遂げろ」って。ま、普通に痛切に残酷に感じます。言い訳無用で感じます。

小中学生に夢の大切さ語る前に、「お前自身が夢どころか、まず一歩先の目標達成しなさいね」って、世間様から教えてもらえる。ま、ホント、そのところ実感したい人はハローワークで試しに正社員の募集かけてみてください。タダなんでリスクないですから。で、「どうしよう、これでホントに応募きちゃったら、Mr.Mが試せって言ったからやっただけで、ホントは採用するつもりなんてないのに…。」ってどうぞ不安になってください。安心してください、来ないですから。人っ子一人来ないですから。零細個人塾なんてそんなもんですから。

「塾は勉強する場所」⇒「だから勉強しろ」それでいい

テスト勉強

ちょっとまた自分の話を。自分が今の職業、今の塾経営者ってことを意識したのはさっきも言いましたけど、大学生の頃です。じゃ、自分はそれまで勉強しなかったのか、っていうと全然違う。

高校受験のときなんて、それこそ病的なほど勉強したって、自分でも思いますもん。じゃあなんで当時のM少年が、そこまで勉強したのか?

周りのヤツに負けたくなかったからですよ。そんでもって、受験に落ちたくなかったから。いつも心のどこかで周りを見下すという重度の中二病にかかっていたM少年は、自分がズッコケた姿を周りに見せたくなかったんです。正直、それだけ。

将来の夢なんて全く意識してない。もっと浅ましい感情。もっと生々しい感情。今日、明日、直近でのメリット、デメリットに関わる感情。

結局、そういう部分でしかものごと語れないのかなって。世間的な立ち位置もそうですけど、そもそも塾講師とか塾経営者って社会経験も少ない人、多いじゃないですか。私もそうですけど、塾畑しか知らないって人。実感持って血の通った人生論語るには、自分自身の経験値が足りなすぎるんですよね。

じゃ、私自身は生徒たちに何て言っているか。単純ですよ。

「ここに来たからには勉強しろ。」だけです。「塾は勉強する場所」⇒「だから勉強しろ」それだけ。

フィットネスクラブと一緒。「フィットネスクラブは痩せるために行く場所」⇒「だから体動かせ」

ラーメン屋と一緒。「ラーメン屋はラーメンを食う場所」⇒「だからラーメンを食え」

やる気にさせます、とか一切言わないです。「この塾入るってことは、やる気はそもそもありますよね?」って話で。「おしゃべりしに来てるんだったら、友達が集まるどこかの公園に行ってくれ。」と。「勉強のやる意味知りたいんだったら、テレビの教育討論番組でも見てくれ。」と。

夢関連の話なんて一切しないですね。自分には、その資格がない。たかだか片田舎の零細個人塾経営者。スタッフの募集かけても全然だれも見向きもしてくれない零細企業の経営者。地域でno.1の指導力持ってるわけでもなし。生徒に財布をサクッと盗まれるようなマヌケand尊敬もされてない。

小中学生のMr.Mだったら、そんな奴に夢語られても困る。そんな奴に自分の夢なんて一切話さない。

大体、われわれが見せてあげられる夢ってせいぜい偏差値基準の狭い枠の中でしかない。良いと呼ばれる大学行って、不幸になったヤツだっているんですよ、この世の中。私が知ってる範囲ですら、誰もが羨む大学行きながら、今もフリーターやってる奴いますし。

逆に大学行かずに税理士になって1000万プレーヤーの奴もいれば、三流大学出身でも上場会社で30代前半で月収50万円近くもらってる奴もいますし。

確率論、語りますか?「いい大学行った方が」って?確率論語ったらキリないですよ、それこそ先日の記事で書きましたけど、塾で卒業旅行いったら塾で勉強してるよりも事故に遭う確率高いし、自転車乗ってれば歩くよりも死亡率高いだろうし。確率論語り始めたら、高校、大学とか受験の話なんて吹っ飛ぶくらいの根本的な話になってきますから。

「勉強」⇒「将来」ってノーベル賞受賞者とか、孫正義さんとかが語るなら分かりますけど。

塾講師が語るには荷が重い。塾講師が使うには限界が来ている論法なのかな、と。

自分自身は「夢」があるのか?で、努力しているのか?

サボるのが得

ま、簡単な話、自分自身がどうなのかってことです。

自分自身が他人様に夢の大事さを語れるほどに、夢を真剣に追い求めて今現在、努力をしてるのかってことです。

してないんですよ、私は。できてないんですよ。

だって、私の塾に通う受験生なんて、それこそ毎日朝7時には起きて学校行って、帰って来て速攻で夕飯食べて、夜10時まで塾で勉強してるんですよ?

私なんて昼飯食った後、きっちり昼寝しますし、それこそたまには夕飯の後に酒を飲んだりするじゃないですか。彼らと比べたってずいぶんのんびり過ごしてるんです。

「先生は精神的にいろいろ考えなくちゃいけないし、大変ですよね。」って保護者の方が言ってくれるときもありますけど、そんなことない。精神的にいろいろ考えなきゃいけないのは誰でも一緒。

生徒たちだって忙しい生活の中で、それこそ友人関係、恋愛関係、勉強のこと、家族のこと、いろんなことで精神的に戦ってる。それと比べれば、私なんてどうやって生徒たちの成績を上げようか、どうやって売上上げようか、そんなことだけでいいんだから楽なんですよ。

やっぱね、そういうことを冷静に考えたときに夢って言葉は軽々しく使えないなって。

ま、夢を語りたくて塾講師になったわけじゃないんで、そんなに深刻に考える必要もないんですけどね。

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