斬る

埼玉県公立高校の出願が始まりました。

私のように公立高校受験をメインに学習塾経営している者にとってはいよいよって感じです。

自分の一年間の仕事の成果が試される、来年度以降の集客にも大きく影響する大事なイベント、公立高校入試。

ま、でもそれ以上に単純に頑張って欲しいって気持ちです。やっぱり、長い間、ホント毎日塾に来て勉強してきた受験生に、心から感謝の気持ちとエールを送るって部分がほとんどです。彼らが最後まで全力で戦い抜いて、悔いなく入試を終えてこの長い受験を振り返ったとき、「ああ、頑張ってよかったな」と思ってくれればいい、正直、集客とかそういうのはどうでも良くて、そんな気持ちにしかなれないような気もします。

こんな経営者として中途半端な気持ちだからこそ、私の塾は徐々にしか大きくなれないんでしょうね…。もっと合格実績稼ぐためにもガンガン挑戦させるとか、逆に不合格を出さないために超安全志向の進路指導するとか。本当に塾の経営を考えたら、そういう方がいいのかもしれません。でも、やっぱりできないですね、そういうことは。自分の根本的な部分でそういうことはしたくない。

ダメなヒトダメなヒト

そんなことばっかり言ってたら、やっぱりキミの塾は大きくならないぞ?

Mr.MMr.M

ま、そりゃ仕方ないでしょ、できないものはできないんだもん。そういうことをしないで大きくする方法を考えるしかないんですよ。したくないことするために独立したわけじゃないですから。

ま、とにかく埼玉県の塾関係者の皆さん、もう少しです。お互い体調には十分注意して、最後の詰めの詰め、きっちりやって行きましょう!

で、前置きが長くなってしまいましたけど、今回のテーマ。

「勉強のやり方」についてです。

タイトルを見てお分かりだと思いますが、「勉強のやり方」を論じる記事ではございません。

「勉強のやり方」を偉そうに論じることの是非についてと言ったほうがいいかもしれません。

是非、というかむなしさ、というか無意味さ、というか…。

ま、そんなところです。

勉強のやり方など誰でも分かっている

塾講師ウソつかない

学習塾関係者の方なら、入塾面談のときとかに腐るほど聞くセリフ。

「うちの子、勉強のやり方が分かってないみたいなんです…。」

Mr.MMr.M

ハイッ、出たーッ!

ってなりますよね?

勉強のやり方が分からない⇒勉強ができない⇒成績が上がらない

という三段論法。

これね、絶対違う。激しく違う。

勉強のやり方が分からない?

そんな奴います?

教科書読めばいいんですよね?

問題解けばいいんですよね?

何度も何度も練習すればいいんですよね?

覚えるためにテストを何度も繰り返せばいいんですよね?

そんなことを知らない奴が本当にいますか?

仮に本当に知らない奴がいたとして、そんなことは教えれば分かるでしょう?

「教科書を3回読みなさい。」「そのページを5回繰り返しなさい。」「テスト範囲の漢字を50回繰り返しなさい。」

それが理解できないんだったら、それはもう勉強以前の問題です。日本語の根本が分かってないから学習塾がどうにかできるレベルじゃない。

でも、そんな生徒、ほとんどいないんです。

つまりね、ほとんどの生徒は勉強のやり方など分かっている。

よくいるんですよね、勉強の仕方について鼻高々に言いちゃう塾講師。

「ただ漠然と練習してるだけじゃダメ。テストをして確かめていかないと覚えない。」とか。

それは合ってると思うんですけど、そういうやり方を伝えれば生徒の成績は皆上がるみたいなことって絶対ない。「やり方が悪い。やり方さえ分かれば、皆できる!」みたいな。浅はかすぎる。

たしかに方法論も大事な部分ありますけど、「勉強のやり方が分かった!あとは大丈夫だ!これで成績もバッチリ上がる!」なんて方法論、存在しないですよ。

大事なのは、実践し続けるかどうか

超分かりやすいたとえを松下幸之助さんが著書の『道をひらく』の中で言っています。

水泳の達人から泳ぎ方の極意を机上で習って果たして泳げるようになるか?って。

腕の、足の動かし方、息継ぎの仕方、それを理論上完璧に分ったからと言って果たして泳げるようになるか?って。

泳げるなるわけない。

誰だって分かりません?この話。

泳げるようになるには、理論を事細かに理解することじゃなくて、実際に泳ぐ練習をすることが大事でしょう?

水飲んで苦しんで、覚えた通りに手足動かしてみて「あっれ、おっかしいな~、全然進まないぞ…。」って頭と身体の不一致を実感して、疲れた体でもう一回水の中に飛び込んで…。

それでやっとこさ、泳げるようになる訳ですよね?

勉強も一緒ですよ。

たしかにね、効率のいい勉強方法とか、その生徒にあった勉強方法って多少はあるかも分からんですよ?でもね、そんなものは勉強全体、成績を上げるって過程の全体からみたら、たいした存在感ないんですよ。

それよりも、どんな稚拙な勉強方法でもまず飛び込んで、歯食いしばって、自分の頭と身体と向き合って、苦しんで、頭使って、辛い気持ちに鞭打って一歩足出して、そうやって実践し続けることの方が超大事。

漠然と頭動かさないで機械のようにずっと漢字練習している生徒に、私だって言うわけですよ。「それ意味ないから、テストをしなさい。一回一回のテストを私に見せなさい。」って。で、その生徒は、その勉強のやり方については理解できるんで、すぐにやるわけですよ、その方法で。で、実際、今までよりも全然覚えられるようになる訳ですよ、機械的漢字練習に比べれば断然覚えるんですよ。

でもね、ちょっと油断するとね、また機械にもどってるわけ。なぜか結果がでる勉強のやり方が理解できているにも関わらず、また機械的練習を始めるわけです。子どもの頃の郷愁覚える故郷に戻るが如く、結果の出ない懐かしい勉強方法に戻っちゃうわけです。

「勉強のやり方」なんて分かったって、成績なんか伸びやしない。大事なのは、その「勉強のやり方」を実践できるかどうか。実践し続けられるかどうか。

優秀な塾講師は優秀なコーチ

心構え

ということを踏まえると、優秀な講師ってのは誰も考え付かないような画期的な勉強法を思いつく人ではない。画期的な勉強方法を面白おかしく伝える人でもない。(高校生対象の予備校講師は、こういう人たちでしょうけど。われわれ、小中学生対象の塾講師はそうではないでしょう。)

優秀な講師ってのは、生徒の勉強の実践をモチベーション高く、粘り強く続けさせることができる人。生徒の勉強の実践を観察し、軌道修正し、自分の間違いを気づかせたり、成功体験を積ませることができる人。

スポーツのコーチと同じだと思うんですよね。

スポーツのコーチだって別に自分自身が画期的な指導方法を考え付く必要はないじゃないですか。誰か大学のスポーツ科学専門の教授が考えたことを伝えりゃいいんです。取り入れればいいんです。で、それを分かりやすく伝えられれば、コーチとして優秀ですか?違いますよね?

選手たちのトレーニングの管理、推進、維持をいかに上手に行っていくかが、最も大事なわけですよね?

勉強のやり方とか、それの伝え方とか、そういう「点」での仕事とか技術とか、そういうものだけで結果が出る世界じゃないんです。小中学生相手の塾の仕事って。「線」なんですよ、入塾から始まって卒業まで続く、日々のコミュニケーション、勉強の管理、そういう「線」でつながった日常をどれだけ太い「線」に仕上げていくか。

「勉強のやり方が分かってないみたいで…。」

「もちろん、多少の勉強のやり方は伝えますけど、それが分かっても成績は伸びませんよ?勉強のやり方知っただけで成績伸びるんなら、今、私がお母様に勉強のやり方を教えますから、お母様から本人にそれを伝えてあげてください。それで成績伸びるなら、塾に入らなくて済みますよね?」って話したらどうでしょう。100%、保護者様もそれで成績が伸びることはないと理解していますよね。

だから言わないとダメですよ。「結局、やり方うんぬんじゃなくて、やるかどうかです。やらせるかどうかです。で、たぶん本人は嫌がります。塾に行きたくないと言います。そこで、保護者様が塾に行かせることができるかどうかです。勉強のやり方よりもそっちの方が100倍大事です。」って。

「勉強のやり方」論で保護者の耳障りのいい、一件説得力ありそうな浅い話を使って生徒を預かるってのは、結局自分自身の首を絞めていくだけだと。だって「勉強のやり方」論なんかで、入塾してもらっても結局成績伸びないじゃないですか。で、今度は言うわけですよ、「おかしいですね~。勉強のやり方は正しいんですけどね…。努力が足りないのかもしれませんね~。」って。そんな馬鹿なって思いません?努力させるのが塾の役割だろう?って。

ホントね、「勉強のやり方」なんて「点」の部分に終始してると、誤りますよ、生徒の成績を伸ばすって部分。私が知ってる凄い個人塾なんて、その先生がいなくても生徒たち勉強するんですよ?真面目にガンガン勉強するんですよ?毎日、毎日。「線」がハイパー太いんですよ。結局、その「線」を太くするのって、何か画期的な方法論じゃなくて、塾の伝統とか、文化とか、常識とか、空気感。それにその先生の人格とか威圧感とか。生徒同士のチームワークとか意識レベルとか。

一朝一夕で何か解決するものでもないんですよ、きっと。塾長の人間的成長とか、根本的な仕事に対する情熱から始まる地道な戦いなんですよね。本気で「勉強のやり方」をテクニック論でカバーできると思っている塾講師がいたとしたら、やっぱ私はダメ講師かなって。経験が浅いのか、もしくは浅い経験を長年積んでいるだけなのか。ま、成績に本気で向き合ってはいないでしょうね。