今回は「塾の先生が学校行事を見に行くことの是非」についてを考えていきます。

今回はホントに私の個人的考え方です。100%個人の考え方ですので、自分の考えと違ってもパンチとかキックとか辞めてください。

ダメなヒトダメなヒト

チョップならいい?

最初に私の個人的考え方を言うと、”No”です。実際、私は会社員時代含めて学校行事に顔を出したことは一度もありません。

「全部の学校に見に行けるわけではないから不公平になる。」とかそういう軽い理由じゃないですよ。そもそも世の中は不公平です。差別もあります。それは仕方がない。それを努力でどうにかするのが資本主義社会に生きる全ての人間の宿命ですから。

なぜ、学校行事に塾の先生は見に行くべきでないのか、Mr.M的理由をいくつか挙げていきます。

成績向上に関係あるのか?

われわれがお金をいただいて、お客様から期待されていることって何か。

成績向上、志望校合格ですよね?小学生だと、勉強する姿勢とか集中力UPとか、そういうものを期待しているお客様もいるかもしれませんが。

で、そこから考えると「体育祭や合唱コンクールを見に行く」ということは期待されていない。まあ信頼されている塾の先生なら、見に行くことで生徒たちは喜ぶかもしれませんけど…。

ただ、お客様は「子供の行事を見に来てもらう」ために月謝を払ってる訳じゃないですよね?

お金を支払う保護者様が喜ぶのはどっちでしょうか?

①「自分の子供の学校行事を見に来てもらうこと」

②「行事を見に来ない代わりに、その時間で自分の子供のテストを分析して、自分の子供の弱点克服の一手を準備すること」

①と②のどちらをより望むでしょうか?

私が親なら断然②です。自分の子供の学校行事を塾の先生に見に来てもらう必要は全くない。その代わり、自分の子供の成績についてだけは本当に真剣に考えてもらいたい。

熱意や面倒見をはき違えてないか?

もちろん成績もしっかり上げて、その上で生徒たちに情熱を傾けているからこそ、自然、学校行事にも足が伸びてしまう、という先生もいらっしゃるでしょう。

でも、そうじゃない先生もたくさんいる。

生徒の成績に関して大して興味もなし、成績UPとか志望校合格に血のにじむような努力で臨んでいるわけでもなし。

それでいて、学校行事とかに顔を出して、ちゃっかり熱意とか面倒見をアピールしてしまう先生。生徒と友達関係になってる若いアルバイト先生とかにも多いです。

そういうのを塾講師の熱意とは言わない。面倒見がいいとも言わない。

熱意や面倒見をはき違えると、塾講師として正当な努力を怠る人間が出てくる。入試研究や授業準備そっちのけで「自分は結構いい先生なんだ」って誤った認識。個別指導塾の学生講師とかで結構いそうです。
(行事を見に行くのは、「お客様勧誘の営業努力だ」とハッキリ言えるなら、私はむしろ理解できるんですけどね。)

学校の先生が嫌がるのではないか?

少し前に記事にしましたね。塾の先生は学校の先生が嫌いだって。

逆もまた然り。学校の先生も塾の先生のことを嫌いな人がいるはず。

学校行事の主役って誰ですか?

もちろん、生徒ですよね。

じゃあわき役は?

学校の先生です。

観客は?

保護者です。(もしくは地域の役員の人とか、学校関係者とか)

その舞台にわれわれ塾講師の席はありません。

われわれには学校行事のいかなるチケットもないのです。われわれははっきりと部外者です。

そんなわれわれが学校行事を見に行ったら、わき役の先生は何て思いますか?嫌な感情を持つとは思いませんか?「塾の先生?保護者に営業かけに来てるんじゃないか?」「塾の先生ごときが、学校行事まで入ってくんなよ!」って内心思ってる可能性はありますよね。

また、主役である生徒の多くがあなたの塾の生徒ではありませんよね?あなたの塾のことを嫌いな生徒もいるかもしれない。「せっかくの運動会なのに、あの塾の先生が来てあの塾の生徒たちとギャーギャー騒いで…ムカつく!」って思う生徒もいるかもしれない。

学校行事の主役、わき役、それに関わる人たちが、せっかくの晴れ舞台に、私という存在によって少しでも嫌な思いをするのであれば、私はそこに行くべきではない。私の主戦場はあくまで塾。生徒の学校には入ることすら許されない部外者だと思っています。

大げさかもしれませんけど、企業の地域貢献という面でも行かない方がいいです。少なくとも地域の一部である学校が迷惑をするなら。「自分」や「自分のお客様」だけの都合しか考えないというのは、地域貢献の面からすれば疑問です。(まあ、うちの塾は地域貢献なんて考えられるほど余裕はないんですけどね…。)

自分の休日、他にやることはないか?

私は貴重な休日をいつも顔を合わせているお客様と過ごしたくない。(生徒たちが嫌いだって訳ではありません。)もっと違う世界で時間を使いたいんです。いつもと違う世界、自分と違う世界に1秒でも長く身を置きたい。

それは逃げとかそういう意味ではなくて、違う世界は休日しか味わえないから。いつもと違う服を着て、いつもとは違う人格で、いつもとは違う人間関係で過ごせるのは休日しかないんです。

こう言うと休日に大それたことをしていると思われるかもしれませんが、全然些細なことしかやりません。近所をぶらぶらしたり、買い物に行ったり、お気に入りの埼玉西部の田舎を車で回ったり、庭の草むしりをしたり。

たとえば前回の休日では、私は娘と近所の工事現場を見学に行きました。そこで、若い職人さんと30分くらい話をしました。先日、長男が生まれたこと、自分は勉強をしてこなかったということ、自分の子供は自分のようになって欲しくないから塾にも通わせたいと思ってること、お金がかかるから今は一生懸命働かなくてはいけないと考えてること。

改めて自分のやってる仕事の重さとか、お客様への感謝の気持ちを実感しました。それに「若い奴がこうして頑張ってるのに負けてられん」って気合も入りましたし。

学校行事に休日を使うということは、いつもはできない体験を一つ逃すということです。(もちろん、学校行事を見に行って素晴らしい体験をすることもあるかもしれませんけど。)外の世界からもらえる体験、アイディアを逃すということです。

生徒と一緒に笑ったり、生徒の頑張ってる姿を見たり、そういうことは休日じゃなくてもできます。いつもの塾で十分体験できます。

ダメなヒトダメなヒト

いや、学校行事で見る生徒はいつもとは違うぞ!

その考え方自体が、狭い世界に陥ってるんです。「いつもと違う生徒」だろうが、生徒は生徒です。目の前にいるのが生徒である限り、それに対する自分は先生です。それは、いつもの世界と大して変わらないのです。

休日は例えば父となって、母となって、あるいはお客となって、地域の一員となって、いつもの先生ではない自分になって新しい発見、新しい考え方に触れるべきです。

私は結構休日をとっていますが、多くの先生方はただでさえ少ない休日だと思います。その休日をいつもと違う世界に使わないと視野とか考え方が狭くなる可能性、十分にあります。それが塾の仕事に悪い影響として返ってくるかもしれませんよ?

危険な錯覚、危険な公私混同をしていないか?

ここから先は結構挑戦的な内容になってしまいますけど、特に私は結婚してない、もしくは子供がいない塾の先生は学校行事を見に行くのは良くないと思います。

それは錯覚するから。

塾以外の生徒の様子を見れば見るほど、「自分の子供のように思ってる。」と錯覚するから。

これは危険ですよ。塾の生徒が自分の子供の訳ないじゃないですか。

クソ忙しい毎日でも夜起きてミルクをあげたり、ホントにクタクタに疲れて休みの日くらいはゆっくり寝ていたいのに起こされて、強烈に匂うオムツを取り替えたり…。

本当の親はそういうことを毎日経験して、それでも自分の子供を深く愛しているんです。

自分が見に行きたいって理由だけで、学校の都合、地域の都合、人間関係の都合を無視して塾の生徒の運動会を見に行って、合唱コンクールを見に行って、そしてしまいには保護者面。危険ですよ、子育てを知らないからこそ危険です。本当の子どもだったら、学校の都合、地域の都合、人間関係の都合は無視しません。

自分の仕事に、自分の立ち位置に、自分の主義主張に線引きができなくなっていきませんか?

商品を売るものと買うもの。塾講師と塾の生徒は原則その関係です。ドライな関係が原則です。卒業すれば終わり、それが前提です。

でも、その前提の上で自分たちが果たす役割に徹底しつくしたときに、生徒たちは自分のことを慕ってくれる。敬意を持ってくれる。

学校行事を見に行かなくても、友達関係の相談に乗らなくても、われわれの本分である成績UPや志望校合格に100%の己の力を注ぎ込めば生徒は信頼してくれるはずです。

また、学校行事を見に行くということは、自分の休日を潰していくわけですよね?

たぶん、行事を恒例のように見に行ってる先生方からすれば、今の私の言い方自体に反応すると思います。

「休日を潰す…?」何をお前は言ってるんだって。

おそらく行きたいから行ってるわけですよね。たぶん、心の底から生徒を応援したいから行ってるわけですよね。生徒の学校行事を見に行くことこそが、充実した休日を過ごすことなんですよね。休日を潰すという感覚がないかもしれない。

私はそこに違和感を覚えます。

公私混同が悪い意味で進んでしまっている、と思うんです。

極論ですが、お客様を自分の楽しみのために利用している。

聞くところによると、生徒と一緒に地元の祭りに行く塾の先生もいるそうです。これってさすがに違和感あります。「生徒以外に一緒に行く人いないんかい?」って。というか生徒たちだって友達と行くのが健全です。家族と行くのが健全です。祭りは友達という社会集団、家族という社会集団で楽しむべき。

休日の楽しみのために生徒の学校行事を見に行くという行為も、破壊力は小さいかもしれませんけど、生徒と祭りに行くことと同じ系統に属する行為だと私は思うんです。学校行事は、学校という社会集団の中で楽しむべき。

もちろん、生徒にとって塾という社会集団も大事かもしれません。でも、塾という社会集団は自分の塾の中でだけ楽しめばいい。(もちろん、遊ぶという意味ではなく勉強に打ち込むという意味で。)塾という社会集団は、生徒たちが属する他の社会集団を侵食するほどの大きな存在になってはいけない。

私も公私混同はします。年間休日110日といっても110日塾に行ってないだけで、常に頭は仕事のことばかり考えています。(というか、家族と過ごしているときも常に仕事のことを考えてなければ、このブログをここまで書くことなんてできません、私は凡人ですから。)

プライベートを仕事に利用することはバンバンしますが、仕事をプライベートに利用することはありません。

こういうことを言うと、大概の塾講師に批判されるんですけど、生徒はお客様です。お客様はお客様であってそれ以上の存在ではありません。(もちろん、それ以下の存在でもありません。)お客様として敬意をもって、お客様としてはっきり線引きをして付き合う。それが健全な仕事への向き合い方だと私は思います。