思えばこのブログ。

学習塾経営に関してのブログのくせに、授業というか指導法についての記事がメチャクチャ少ない…。

というのは、正直私は授業についてはまだまだだからです。

授業ってかなり職人的な部分がありますよね。経験に基づく…っていうか。

大手学習塾時代に上司の授業見たり、カリスマ的な先生の授業見たり、youtubeで授業映像見たり。

そうすると、やっぱり経験重ねている人の授業って凄いわけです。たぶん、その部分じゃ私なんてまだまだヒヨッコ。授業論というか、指導論語ってる場合じゃないんですよね。(あと、授業論とか指導論とか、そういう議論自体が嫌いだって部分もあります。)

だから今回の記事は、どっちかというと塾講師未経験で「いざ鎌倉!」と塾業界に突っ込もうとしている人向け。もしくは塾業界3年未満くらいの人向けの記事になります。

「成績論」は「教育論」より100倍大事。

当たり前のことを言いますよ。

「学習塾」を名乗っている以上、すべての学習塾に課せられた宿命は「成績を上げる」ってことです。

「ラーメン屋」を名乗っている以上、「うまいラーメンを提供する」ってことと同じです。

つまり、学習塾に必要なのは「成績論」どうやって生徒の成績を上げるかに没頭すること。注力すること。

そこを間違って「教育論」に逃げている学習塾講師とか経営者、多いですよね。

酒飲んで酔っぱらって、教育論を語りだす人は危険です。

「成績上がればいいってもんじゃないからねぇ。やっぱり本当の学力をつけさせないとねぇ。これからの時代、生きていく力っていうかね~。」

とか語りだす人は、根本を見直した方がいい。自分の職場に直ちに向かって、看板になんて書いてあるか確認した方がいい。

「生きる力育成塾」とか「自然と触れ合うフリースクール」とか書いてありますか?

「学習塾」名乗ってる訳ですよね?「〇〇ゼミナール」名乗ってる訳ですよね?

じゃあお客さんがアナタの店に求めているのは「成績UP」です。それは間違いないんです。

「ラーメン屋」行ったら「うまいラーメン」期待するんです。「ラーメン」について熱い情熱もって「ラーメンとは何か。どうあるべきか。」店主がどんだけ考えていようが、ラーメンがマズけりゃ客は満足しないんです。ラーメンの本質とかラーメンの歴史とか、そんなものは客にはどうでもいい。

なんで「学習塾」の看板で商売やる以上、「成績論」はメチャクチャ大事にしてくださいね。

お客様が求めるものを単純に提供するという大前提を失わないでください。

こういう話をすると、経験積んだ塾講師とか個人塾経営者から批判を受けることもあると思いますけど、はっきり「教育論」なんか語るより「成績論」の方が100倍大事です。だってお客様は我々に対して「教育論」なんか求めてない。本当の学力を語る講師よりも、教育の本質を語る講師よりも、テストの点を50点あげてくれる講師を求めているんです。

(そもそも「教育論」大事にするのは、塾講師じゃなくて学校の先生とか教育評論家の役割なんですよ。畑が違うんです。)

授業は面白い必要はないが、面白くないと成績は上がらないという矛盾。

さて、「成績論」が大事だといいましたが、じゃあ「成績が上がればあとはどうでもいいのか?」と言われることがあります。(以前、飲み屋で言われたことがありますね…。)

いいんです!成績が上がればオールOK。(もちろん、法律を破ったり倫理的・道徳的に許されないことはダメですよ。)

だから私はスタッフに言いますよ。「とにかく生徒の成績を上げろ。」って。

で、スタッフに言いませんよ。授業の進め方とかやり方とか。テクニックとかポイントとか指導論なんかほぼ言いません。だって「成績上げれば」いいんだから。(まあ見ていて「こりゃ絶対に成績上がらんなぁ。」って場合とか、生徒から「あの先生の授業分かりにくい。」って出たら言いますけど…。)

もちろん、聞かれれば色々答えますけど「こうやれば必ず成績が上がる。」ってテクニックとかはないですからね。強いて言えば「集中して長時間勉強やらせる。」ってことが可能なら成績上がるんでしょうけど、それをやらせる方法が結局難しいわけで…。しかも、それは授業における指導論ではないですからね。

私は授業は面白い必要はない、と断言します。面白くなくても成績上がればいいんです。だから、生徒の機嫌を取っておしゃべりしたり、生徒におしゃべり許したり、生徒と友達関係になったりなんて必要ないんです。授業を面白くするためにそういう戦術をとっちゃう塾講師は最悪。自分の仕事の優先順位を分かってない。

まあ、まずもって成績上がりませんからね、そういう友達戦術使う講師の授業では。金払ってる保護者からしたら、そんなん全く望んでないですからね。「ラーメン」頼んだお客様に、隠れて「うどん」出してるようなもんですよ。

もう一度言います。成績が上がるんであれば、授業が面白い必要は全くない。で、新たに言います。授業が面白くなければ、成績は上がらないということ。矛盾してるんですよね。でも、この矛盾をしっかり意識できているかどうかが重要。

「授業は面白くなければ成績は上がらない。」ということしか意識できてない講師は、さっき言ってような稚拙な戦術をとりがちなんです。「授業を面白くすること」が優先してしまう。(若い講師とか、生徒を叱ることができない気弱な女性講師に多い気がします。)で、面白くする術を知らなかったり、努力を怠ったりするんで友達戦術に逃げるしかない。

なぜ、授業を面白くするか、それは「成績を上げるため」であること。それが意識できていれば、「成績を下げるリスク」のある「面白さ」は求めない。生徒を自分の話に引きつける、モチベーションを上げる、前向きにさせる「面白さ」、そういうものを戦術として利用する。それが塾講師として必要な部分にはなるはずです。

準備8割本番2割。

成績を上げるための「面白さ」を提供するには、準備が超重要

というか準備なくして正当な「面白さ」の提供はほぼ無理。(10年、20年講師やってる人なら毎年使いまわしているパターンがあるんで、準備時間的には相当少なくなると思いますけど、2,3年では絶対無理ですね。)

準備なくして面白さを提供しようとすると、結局生徒にあわせたおしゃべりとか稚拙な戦術を使うダメ講師になりますからね。

まず授業準備をするときに、「板書案」を作りますよね。で、次に「板書案」に沿って、どういう説明をどういう時間でやるかをイメージしますよね。どこの説明にどれくらい時間がかかるだろうか。

誰もいない教室だったら、実際声に出したり、身振り手振りもした方がいいです。時計見ながら。そうすると時間のイメージが結構できますから。

するとだんだん分かってくる。どういうところで、授業が停滞しそうか。生徒たちがつまらなそうにしそうか。生徒たちの集中力が尽きそうか。自分が精神的に追い込まれてピンチになりそうか。

そういうところにネタを仕込むわけです。例えば理科の1年で言えば、顕微鏡の使い方の手順の説明。ちょっと前まで小学生だった相手に、顕微鏡の手順を説明していくのは結構大変ですよね。しかもテストにほぼ100パー出てくるんで絶対に覚えさせないといけないし。

だから、「顕微鏡を買うといくらくらいするのか?」とか「その中でも対物レンズがどのくらい高いのか?」とか調べるわけです。で、「対物レンズをぶつけちゃまずい。」とつなげる。

たぶん、このくらいの準備で「うんうん、これなら生徒も興味を持って聞いてくれるだろう。」なんて思ってしまうのが、講師歴2年くらい。準備レベルCですね。

もっと最悪を想定しましょう。「対物レンズの値段」を言っても、生徒皆が下を向いて「あっそ」って言う反応している…。で、自分のネタが不発したことによって、脇汗ドバーッの自分…。頭真っ白な自分。

よってもう一歩踏み込む準備。「学校の先生の給料」をネットで調べるわけです。「対物レンズ」1つにつき、学校の先生の給料がどれくらい減るのか?(実際、学校の先生が弁償するかどうかはこの際関係ありません。弁償するとしたら?という話を作るんです。)

「おい、皆が〇個対物レンズ壊したら、学校の理科の先生の給料これだけ減るぞ。」みたいな話まで用意するんです。私的にはこれで準備レベルB。まあ大体このくらいで、ある程度は「この先生の授業は面白い。」くらいにはなる。(もちろん、毎回の授業でここまで仕込むんですよ。)

でさらに踏み込んで、学校の理科の先生の情報を事前に入手しておく。「〇〇先生は子供がいる」とか「〇〇先生は釣りが好き」とか。で、さっきの話のところに「君たちが対物レンズ〇個壊したら、〇〇先生は子供の誕生日で△△が買えなくなるぞ。」とか「釣り竿が〇本買えないぞ。」とか「海釣り一回できなくなるぞ。」とか盛り込む。これで準備レベルA

なんで準備レベルAまで持っていくには、少なくとも2日前くらいには授業準備を始めないといけないんです。2日前に準備を始めれば、「こういうネタを仕込みたいな。生徒に情報収集しないと。」ってなっても動ける。

こういう準備レベルAのネタを1授業3つ仕込む。そうすると本当に準備に時間かけないといけないんですよね。で、生徒ともたくさん話さなければいけない。しかも話す内容はくだらない流行りだとかそういうものではなくて、授業準備のためのインタビュー。

必然的に生徒との信頼関係も高まります。いくら良質のネタを仕込んでも信頼関係があるかないかで反応も全然違います。まったく信頼関係ない状態だと何を言っても反応なし、なんてこともありますからね。

で、こういう話をすると「塾講師は教材研究とか教材作成にもっと時間かけるべきで、そんなネタ仕込みに時間をかける必要ない。」って言う人いるんですけど…。当たり前ですけど、両立するんですからね…。そういうことを平気で偉そうに言っちゃう人は、「部活があるんで勉強できません。」って生徒の発言に一切反論できない訳ですよ。

話し方・書き方をこだわる。

「板書案」と「ネタ仕込み」が終わったら、またイメージトレーニング。

話し方にこだわる。板書の書き方にこだわる。

話し方は強弱をホントに意識する。自分で聞くと分かると思いますけど、強弱のない話し方はホント聞いてて眠くなる。

それは声が大きい、小さいに関係ない。(まあ小さいのは致命的なんですけど。)

声を大きく話してても、ずっと大きいままだと聞いてる方は眠くなります。

経験が浅い人だと、とにかく生徒に伝えようと、とにかく元気に行こうと、ずっと同じトーン同じ強さでバーッて話し続ける人いるんですけど、あれはあれでつまらんのです。

声を弱めるところは弱める。話すスピードを遅くするところは遅くする。

まあ一般的には大事じゃないところは「速く弱く」大事なところは「遅く強く」でしょう。

たとえば、「本能寺の変とは、1582年に京都本能寺に滞在していた織田信長を家臣の明智光秀が裏切って襲撃した事件だ。」って言うとき…

ほんのぉ~じのへんとは、ムニャムニャムニャムニャムニャお~だのぶな~がッを家臣のあけ~ぃちッみっつひぃ~でがムニャムニャムニャ事件だ。」くらいの勢いで。

ダメなヒトダメなヒト

いやいや芸人じゃないんだから…。

いやいや塾講師ってそういうもんですよ。とくに集団指導をする講師はそういうもんです。そのくらいを意識していかないと、「この地域にこの塾あり」ってならないですよ。アパート1室から輝くことなんてできないですよ、あそこに凄い面白い先生いるって。

この前、うちの数学の講師の授業ちょこっと覗いたら

「ここ、ここは切片て言うの。いい、切片だからね。ハンペンじゃないよッ。切片切片切片だから。ハイッ、じゃあ~〇〇君、ここなんて言うの?ハンペンなんて言ったら、キミ、夕食ハンペンよッ。」

もう超絶寒いギャグをハンペンにチーズレベルで挟んでるんですけど、盛り上がってるんですよね。メッチャおっさんなんですけど、なぜか口調が微妙にオネェになってたり…。でも、正直聞いてて「まあ、この授業なら成績上がるよね。」って思いましたけどね。

話し方の強弱で言えば、答え合わせするときからこだわりますよね。

「1.織田信長 2.楽市・楽座 3.安土城…」って。1,2,3って問題番号は小さく発音して、答えを大きくみたいに。(意識して聞いてるとこれも分かりますけど、1,2,3っていう問題番号と答えを同じ大きさで発音すると本当に単調な答え合わせになりますよ。)

ダメなヒトダメなヒト

そんな細かいところまでこだわる必要ねぇ~だろ?

私はあると思いますよ、だって金もらってるんですから。

で、次に板書の書き方ですけど、これはもう絶対に授業に入る前に練習しておくべきですね。

自分の板書案が生徒たちにどう見えるかを確認しておく。

ホワイトボードとか黒板に板書して、教室の後ろからそれを見てみる。

ホントに講師になりたての頃は、「うっわ~クソ汚ねぇ字だなぁ~。しかも同じ色ばっかで何が何だか分からない。恥ずかしぃぃぃ~!」ってなりますよね。

でも、授業に入る前にそれが分かっているならいいんです。こういうことしないで授業に入る講師はヤバい。話もつまらない、板書も分からないの2弾パンチで生徒たちもノックアウト。まず、授業は爆死ですよね。

これも経験値が相当ものをいいますけど、板書はキレイに速くです。板書が遅い講師の授業はリズムが悪い傾向がある。で、字が汚い、板書が分かりづらいと生徒たちのやる気がなくなる。何とか両立できるように、生徒がいない時間でトレーニングしましょう。

余談になりますけど、私が会社員時代に見学した仙人のような先生の授業は、なんと両利きで板書をするという離れ業を披露していました。生徒から見てホワイトボードの左側を書くときは右手で、右側を書くときは左手で。ホワイトボードと自分ができるだけ重ならないようにそうやってるらしいんですけど…。「もはや、仙術!」

まあこの仙人だけじゃなくて、私の上司も含め講師歴20年以上の強者は板書とかはやっぱり敵わないですよね。もうメッチャ速くて、普通にキレイ。ここに近づくには、トレーニングしかありません。経験積むしかありませんね。

分かりやすさにこだわる。

あれもこれも教えてそれを身に着けられる生徒は本当に一部です。

私の塾では現在学年1位が3名いますけど、その3名でも教えたすべてを身に着けられません。

ということはほとんどの生徒があれもこれも教えても無駄だということ。

たぶん、あれも大事、これも大事って言われると「訳が分からん。」ってなると思います。

「できるだけ削る」そう言う意識が大事だと思います。できるだけ短く、できるだけ早く説明を終わらせる。でもって成績UPを両立させる。

理想は「入試」とか「定期テスト」から遡る授業でしょうね。「入試」とか「定期テスト」で出る問題のみを扱うということ。

「テストで点を取るためだけの勉強なんて本当の勉強じゃない。」とか言う塾講師も世の中たくさんいますけど、そういうことは地域で最も成績を上げる塾になってから言いましょう。

成績も大して上げてないのにそういうことを言うと、世間からは「成績上げられないからそういうこと言うんでしょ?」って思われますよ。

ただ「入試」とか「定期テスト」から遡るのは、やっぱりそれなりに経験が必要です。まあ研究も必要ですね。(だから入試研究はメチャクチャ大事なんですけど。)

経験がないうちは、その日の授業の終わりにやる「小テスト」とその日に出す「宿題」から遡るのをおススメします。「小テスト」で高得点をとれる内容のみに絞る。「宿題」で出てくる問題のみに絞る。まあそれだけに絞ったとしてもそれなりに内容はありますし、定期テストに出る問題とも十分重なります。

私は経験が浅い講師にはそういう風にアドバイスしますね。

困ったときのコミュニケーション。初心者ほど問いかけろ!

この記事は塾講師3年未満くらいの方に向けて書いてます。

で、そう言う方で授業に悩んでいるパターンは「生徒の反応が悪い。」ってことが多い。

問いかけても無視。自分が一生懸命に教えているのにみんな下ばかり向いている。たまに頭上げたと思ったら時計を見る。

分かります、私も何年かはそういう日々が続きました。99%の塾講師が通る道だと思います。身もフタもない話になりますけど、根本的な解決としては経験で解決するしかないんですけどね。

それでも、一応の解決方法があるとすれば、生徒とのコミュニケーションを増やすってことですかね。

塾の授業は予備校と違います。とくに小中学生を対象とした塾であればなおさら。

授業=講義ではないんです。小中学生は60分、90分の講義に耐えられる訳はないんです。(恥ずかしい話ですけど、私は大学生の頃でも90分の講義に耐えられませんでした。ほぼ100%涎たらしながら寝てましたね。)

授業=コミュニケーション。そういう捉え方をした方がいいかもしれません。コミュニケーションである限り、一方的な解説だけでは破綻します。こちらが投げたボールをきっちり返してもらわなければいけません。

で、ここからがポイントなんですけど、破綻している授業を見ていると投げるボールが変化球過ぎるんです。もしくは剛速球過ぎる。生徒が返すことができない大魔神佐々木のフォークボール投げてもしょうがないんです。

例えば、結構自分自身を追い込んでる質問の仕方として「この問題分かる人~?」って不特定多数に投げかけるパターン。どこにめがけて投げてるか分からないボールは誰もとってくれません。クラス全員が下を向いて沈黙状態…。「お、お…そ、そうか…。分からないか。じゃあ…先生が説明しようかな…。」って。「一人称先生」使ってかろうじて自分が先生であることを証明して、脇汗ダラダラで授業を進めるという悲劇…。

特定してても剛速球投げちゃうパターン。「〇〇君、この問題の答えがなんでこうなるのか説明できるかな?」って、学力低い生徒を指してしまう。答えすら分からない生徒に説明を要求してしまうという拷問。「いや、分かりません。」「そ、そっか。じゃあ、こここうなるんだけど、それだったら次どうなるかな?」「分かりません…。」「そ、そ、そそそそそっか…。ここは~こ~なるんだけど…、それなら次はどうなるかな?」「分かりません。」って。何でそこまで追求するんだって感じで、追求し続ける講師。これ、恋愛だったら100パー嫌われてますよね。生徒の能力無視して、取れないスピードのボール投げてもしょうがないんですよ。

私は年度の初めなどで慣れていないクラスの授業(生徒の情報がほとんど分からない状態とか、生徒との信頼がほとんど得られていない状態)のときは、基本、投げる相手を明確に決めてスピードの遅い山なりボールしか投げないです。

例えば、極端な話、「〇〇君、今日は何月何日だ?」とか、「〇〇さん、”中学校”って英語でjunior high ス…はいッその次なんだっけ?分かんなくてもいいぞ。」とか。

そういう遅い山なりボールをいくつか返してもらううちに、生徒たちが「ああこの人はこういうボール返しても大丈夫なんだ。」って理解して授業にリズムが出てくる。こちらも少し速いストレートとか変化球を投げることができるようになるんですね。

で、生徒とコミュニケーションを交わしていくうちに信頼関係ができてきて、そのクラスの役割分担(いじられ役とかツッコミ役とか)が出てくると、かなり安定したクラス運営ができるようになる、そんな気がします。

授業は成績向上のためのコミュニケーションです。そのコミュニケーションをいかに作り上げていくかを先ほども言ったようにしっかり準備しましょう。(準備8割です!)どの質問を誰にぶつけるのか。どういう言葉でぶつけるのか。反応が悪かった時に、どういう反応で返すのか。さらにその反応に対してクラスが無反応だった場合に、自分はどういう一言でその窮地を脱するのか。

3年目くらいまでは、そこまで考えるくらいのことが必要です。そこまで毎回の授業で考えた上で、生徒と積極的にコミュニケーションをとり続ければ、きっと信頼されて「面白い授業」という評価も得られるようになると思います。(ただし、くだらないコミュニケーションに逃げないように。いわゆる友達コミュニケーションはホントに自分の講師としての成長を止めますし、生徒の成績も伸びなくなりますからね。)

とにかく、初心者ほど「講義」にならないように積極的に「生徒に問いかけ」ましょう。ハッキリ言いますけど、15年くらいこの業界で経験を積んでいる管理人でさえ90分の「講義」はきついです。90分間、講義形式で生徒の関心引き続けることはたぶん無理です。

生徒の成績を伸ばすためのコミュニケーションを心がけましょう。

ダメなヒトダメなヒト

指導論とか嫌いだって言う割にはずいぶん書いたね、今回の記事。

Mr.MMr.M

・・・・・

まあ、集団指導は書いてきたように大変なんですけど、成長しがいはありますよね。で、唯一のものも作りやすい。自分自身が成長すれば、それが貴重な商品になるんですから。システムに頼る面が多い個別指導にはない強みがあるんです。(そもそも、個別指導塾で「あの先生が、あの塾いるから」ってほぼないですよね。)


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