塾講師ほど感謝される職業が他にあるだろうか?

大学生のアルバイト時代も含め、私は何回の「ありがとう。」をお客様から頂いただろうか。

受験が終わり卒業していくときはもちろん、毎日の授業の終わりでさえ生徒たちは私に「ありがとう。」をくれる。

塾講師になって10数年。

当たり前のようにたくさんの「ありがとう」をもらっているが、これは決して当たり前のことではない。

 

職業に貴賤はない。

「先生」と呼ばれる塾講師たちは、ほかの職業の人たちを下に見る傾向があるが、職業に上下など絶対にない。

スーパーでレジを打っている人、車の組み立てのラインに立っている人、我々に必要なものを届けてくれる宅配の人。

皆、我々がやっている仕事と等しく価値のあるもの、いやそれ以上に価値のあるものばかりだ。

スーパーでものを買えなければ、車に乗れなければ、宅配便が届かなければ、どれだけの人が困るであろうか。

明日の生活もままならない人だっているはず。

 

しかし、我々の仕事はそうではない。

我々の仕事がなくなったとしても、生活に困るという人はいない。

たとえ困る人がいるとしても、それは限定的な範囲。

小学生、中学生、高校生、あるいはその保護者たちが学習に困る、その程度だ。

社会全体で見れば本当に一部の人たちが少し困るという程度だ。

 

だからこそ我々は恵まれている。

生活に直結している仕事ではないにも関わらず、一部の人たちにしか寄与しないにも関わらず、こんなにも感謝をしてもらえる。

 

仕事に失敗しても感謝される職業が他にあるだろうか。

美容院に行って望み通りの髪形にならなかったとして、あなたは美容師に感謝するだろうか。

ラーメンを食べに行ってそのラーメンが伸びていたとして、あなたはラーメン店の店主に感謝するだろうか。

でも我々はたとえ仕事に失敗しても感謝されることがある。

生徒が志望校に落ちることは、我々にとっては仕事の失敗である。

いや、生徒は努力をしたのだから不合格=失敗ではない、と言いたい人もいるだろう。

たしかに生徒自身にとっては失敗かどうかは分からない。

努力の末の不合格が、その生徒の将来により良い結果をもたらすこともあるかもしれない。

 

しかし、我々自身の仕事としてはやはり失敗だと受け入れ、反省しなければいけない。

失敗した仕事にも関わらず、お客様は「先生のところで頑張れてよかったです。ありがとうございます。」と言葉をくれる。

こんな仕事が他にあるだろうか。

我々は恵まれている。

こんなにも感謝してもらえることに、我々がまず感謝をしなければいけない。

 

1から10まで全てに関われる職業。

世にあるほとんどの仕事が分業制である。

自動車でいえば、部品の製造、組み立て、販売、新車の企画、新車の宣伝広報、どれもが別の人の手によってなされている。

我々がお世話になっているチラシも、チラシの受注、チラシの印刷、チラシの配布、多くの人の手によってなされている。

学習塾はどうであろう。

授業の立案、授業の遂行、授業後の補習、どれもが一人の講師の手によってなされている。

教材でさえ、その気になれば自分で作ることができる。

塾講師とは、1人の人間が企画立案から販売、そしてアフターフォローまで全てに関わられる職業なのだ。

 

こんな面白い職業はなかなかない。

1~10まで関わるのだから、1人の人間の力量が仕事の成否に大きく関わる。

だからこそ、自分自身に成長しがいを感じるのだ。

自分が少しでも成長できれば、仕事が大きく変わる。結果が大きく変わる。

 

自動車の組み立てに関わる人だって成長を望み、努力を重ねているだろう。

しかし、組み立てを正確に素早くできるようになったとしても、それがどの程度結果に結びついているのかはなかなか分からない。

組み立ての世界にいる個人の成長が、販売台数にどれだけ結びついているかを知ることなど到底できない。

 

1~10まで関わる我々は分かりやすい。

授業が少しでも上手くなれば、生徒が生き生きとした顔で帰っていく。

授業後の補習を熱心に行えば、生徒の成績が上がっていく。

そういうことの積み重ねで、生徒の人数が増えていく。

自分の成長がこんなにも結果に結びつくのかと深い喜びを感じることができるのだ。

 

企画も自分。

製造も自分。

販売も自分。

宣伝広報も自分。

営業も自分。

全てが自分。

 

面倒だなんていったら罰が当たる。

ありがたいのだ。ありがたい職業なのだ。

自分の全身全霊でぶつかるだけの価値がある職業なのだ。

 

仕事に良い波がある。

本来、永遠に平坦が続く仕事など存在しないはず。

自分自身が意識を高く持ち、その気になればどんな仕事にも波は見いだせる。

しかし、我々は恵まれている。

意識を特段高く持たなくても、自然に仕事の波が訪れる。

生徒たちの定期テスト、夏期講習、受験、卒業、新年度。

それぞれの波でやるべきことが必然的に目の前に現れ、エネルギーを発揮しなければならない。

それが仕事にいいリズムを生み飽きが来ない。

 

もちろん、ほかの仕事でも決算期などエネルギーを特別に放出しなければならない時期があり、区切りがある。

しかし、学習塾には毎月のように波があり区切りがある。

飽きてる場合ではない。あくびをしている場合ではない。

子供たちの元気のいいリズムある生活から我々も元気をもらうのだ。

 

仕事に良い連続性がある。

家電量販店で販売員がお客様に物を売る。

そのお客様が満足してくれ、また自分の店に来てくれる。

自分の仕事に誇りを持てる瞬間だと思う。

熱心に取り組んだ仕事には、どんな仕事にだって嬉しい連続性はある。

 

学習塾は連続性の集合体だ。

生徒が満足してくれれば、友達を紹介してくれる。

その友達がまた友達を紹介してくれる。

今度は弟、妹がやってくる。

しまいには従妹までやってきてくれる。

卒業生はやがて大人になり、今度はその子どもが塾にやってきてくれる。

 

自分の技術もまた、スタッフたちに引き継がれる。

そのスタッフの指導を受けた生徒たちが技術を引き継ぎ、アルバイトで戻ってきてくれる。

アルバイトがやがて正社員として力をふるってくれるかもしれない。

 

我々の仕事はすべてが分かりやすい形で連続し、我々に喜びをもたらしてくれる。

連続しながら蓄積し、より良いもの、より深いものへと変わっていく。

 

10年たって改めて自分の仕事を振り返るとき、こんなにも多くの人が連続し、多くの経験が蓄積し、それが多くの喜びと利益をもたらしていることに驚くはず。

 

これから学習塾で起業する人たちへ。

今回は少し硬い言葉で偉そうなことをズラズラ書いてしまいました。

でもね、本当に学習塾の仕事って素晴らしいと思うんです。

ただ生活のため、金儲けのためだけにやるのはもったいないくらいなんです。

 

だから私は声を大にして言いたいんです。

皆さん、休みを取りましょう!って。

☞「休めない。」業界の常識

仕事大好きで、頭の先からつま先まで仕事のことしか考えてないっていう仕事の天才ならいいですよ。

松下幸之助さんとか本田宗一郎さんとか、現代でいえば柳井正さんとか孫正義とか。

 

でも、我々凡人はそうじゃないですよね。

自分の好きなこともやりたいし、たまにはぼんやり過ごしたいし。

そういう私のような凡人が休みもとらずに無理して仕事するとどうなるのか?

 

他人に対して押し付けが始まるんですよ。

スタッフに対して「俺がこんなに頑張ってるのに…」とか。

生徒に対して「俺がこれだけ教えてやってるのに…」とか。

自己犠牲を押し付け始めるんです。

 

2週間連勤も3週間連勤も、凡人には無理ですよ。

そりゃ形だけならできます、毎日仕事場行ってればいいんだから。

でも、2週間連勤、3週間連勤のうち仕事場行ってるだけの日、何日過ごしてますか?

家で休んでるのと大して変わらない効果しか生んでない日、何日ありますか?

そんな日が多くなればなるほど、スタッフを恨み、お客様を恨み、仕事を恨み始めます。

学習塾の仕事ってそんなに恨まれなきゃいけない仕事なんですか?ってくらい恨み始めます。

 

しっかり休みを取って自分がやってる仕事の素晴らしさ、尊さに感謝できるような生活を目指してください。

私は本当に感謝しています。

今の職場に、お客様に、スタッフに。

毎日を本気で喜び、本気で怒り、本気で不安になり、本気で笑い、本気で感謝できる。

学習塾ってそういう職場のはずなんです。

それが普通のはずなんです。


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